出生前診断―絡み合った歴史(拓植あづみ)を読む

 先日(2019年10月20日)の朝日新聞に、拓植あづみさん(明治学院大学教授)が標記の論評を寄稿していた。新型出世前診断(NIPT)に絡めての論評である。関心あるテーマなのでメモをまとめながら紹介したい。

 ■出世前診断の歴史■
(1)1948年の優生保護法優生学的な目的で障害者に不妊手術や中絶を強いてきた。1949年には、経済的な理由で中絶を認める「経済条項」が加えられた。
(2)1960年代までに中絶手続が簡単になり年間中絶件数が年間100万件を越えた。
(3)上記に反発した反対派が経済条項を削除する改定案を1970年代初めに国会に提出した。改定案は審議未了で廃案になった。背景には、日本医師会に加えて優性保護法に反対していた障害者運動がある。改定案には胎児の病気や障害を理由に中絶を認める「胎児条項」が加えられていためである。
(4)度重なる出産、望まない出産を避けるための合法的な中絶を可能にするには「経済条項」が必須だった。
(5)「胎児条項」に反対する障害者と、「経済条項削除」に反対する女性たちがた対立することになった。
(6)ここで、障害をもつ女性が双方の立場を理解して発言し始め、女性たちは優生保護法が孕む問題に気がついた。
(7)1980年台になって、堕胎罪と優生保護法の廃止に加え、「産む/産まないは女が決める」が、「胎児の選別中絶は女性の権利に含まれない」と主張するようになった。
(8)1996年に、優生保護法優生学的な部分が削除されて「母体保護法」へと名称変更された(堕胎罪は存続している)。
(9)刑法には堕胎罪があるが、母体保護法で「身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」などの要件を満たせば適用外になるとされている。
(10)2013年に新型出生前診断(NIPT)の臨床研究が始まると、検査を受けるひとが増えていることがメディアで紹介されるようになった。
(11)国内では2013年に、日本産科婦人科学会など五団体が施設認定に厳しい条件を付けて了承した。現在、大学病院などやく90施設が認定されており、2018年9月までに約6万5千件が実施された。学会の指針には強制力はないので、認定を受けずに検査する民間クリニックが増えている。
(12)2019年3月に日産婦が実施施設の認定条件を緩和する指針案を公表したが、日本小児科学会などが反発している。

 以上、拓植さんの論評を纏めてみた。拓植さんは次のように結んでいる。
 「いま必要なのは、歴史を踏まえた上で、多様な個人を受け入れ、尊重する成熟した社会を築くための議論だ。分断でも、対立でも、沈黙でもない。」

 新型出生前診断は妊婦の血液に含まれる胎児のDNAから染色体の変化を調べるものだ。従来の検査にくらべ血液採取のみで済むので母体へ負担は少ない。受ける人は増えてくるだろう。もはや子を持つことが神の領域(授かりもの)ではなくなっている。医学・医療の進歩は私たちに新たな極めてエレガントな問題を提起した。拓植さんの寄稿は時宜を捉えた貴重な問題の纏めとして読んだ。