TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

私の「医人」たちの肖像― (125) 佐野 豊さんと大著『神経科学 形態学的基礎』について

(125) 私の「医人」たちの肖像― 佐野 豊さんと大著「神経科学 形態学的基礎」について

「学問の 静かに雪の降るは好き(みづほ)」

 上掲は元新潟大学脳神経外科教授の中田瑞穂さん(1893年4月24日~1975年8月18日)の俳句である。「みづほ」は中田瑞穂さんの俳号である。中田さんは日本の脳外科医の草分けで、新潟大学脳研究所の設立と発展に貢献した。一方、ホトトギス派の俳人でもあり高浜虚子と親交があったのだという。

私が医学・医療の出版社に1971年に勤務を開始した当初(1971年~1981)の10年間は、新潟大学信州大学の両医学部が私の担当地域であった。新潟大学医学部には何回も訪れた。そのころ、中田さんは既に名誉教授となられており、脳神経科教授は2代目の植木孝明さんに代わっていた。残念ながら中田瑞穂さんとは面識がなかった。

ということで、本日は、中田さんの俳句「学問の・・・」に触れた。中田さんはホトトギス派の俳人だという。上掲の俳句の出来映えの評価はわからない。ただ、脳外科医が詠んだ句と聞くと「なるほど」と、静かに雪の降る夜に分厚い専門書を紐解いている中田さんの姿が目に浮かんでくる。

■神経解剖学の金字塔―カハ―ル■

先日(6月16日)、スペイン風邪に触発されてスペインの偉大な神経解剖学者カハ―ㇽに触れた。カハ―ㇽの業績は金字塔であり、多くの日本人の神経学者がカハールについて言及している。中田さんのお弟子さんの一人生田房弘さん(新潟大学・脳研究所、神経病理学)もカハ―ㇽに言及している。生田さんと中田瑞穂さんのことには是非とも別途触れたい。
 カハ―ㇽについて神経解剖学者の佐野 豊さんも書いている。実は佐野さんとは面識がない。いまから30年前、1991(平成3)年4月5日~7日にかけて、京都市で第23回日本医学会総会が開かれた。テーマは「転換期に立つ医学と医療―創造と調和と信頼―」であった。会頭が岡本道雄(元京大総長)、副会頭が佐野晴洋(滋賀医大学長)、佐野 豊(前京都府医大学長)、準備委員長が井村裕夫(京大医学部長)という陣容であった。医学会総会の開会式では、当然ながら副会頭の佐野 豊さんをお見かけしている。

 神経解剖学が専門の佐野 豊さん(元京都府立大学教授、学長)も、まさに「学問の人」である。ここで、紹介している佐野さの大著『神経科学 形態学的基礎』は、佐野さんが、学長を止めてからライフワークとして執筆を始めたもののようだ。

  • 2006年12月:
    神経科学 形態学的基礎 間脳(2)視床上部 視床下域 視覚系」■

サンティアゴ・ラモン・カハール(1852年5月1日~1934年10月17日)は、スペインの神経解剖学者だ。私は医学の専門家でないので詳細は解説できないが、以下、佐野さんの本によってカハ―ㇽの業績を概括したい。

■視覚系の研究史―(8)Cajalの論文とその引用■

上記の本で佐野さんは、「7.視覚系-網膜」の項目で、次のようにカハ―ㇽに言及している。「Golgi 渡銀法を用いて神経組織全般にわたって膨大な業績を残し、ニューロン学説を確立させたCajalは、網膜の研究において輝かしいい論文を数多く発表した。彼の業績は今日においても網膜の研究の重要な基礎となっている。」

「8.Cajalの論文とその引用」の項目では次のように書かれている。「Ramon  y Cajal は、ニューロンの独立性を立証し、この学説に基づいて中枢神経系の構造と機能を解明するという、彼の生涯の研究命題を解決する糸口として、興奮を求心性に伝えることが明らかな感覚神経の追及を最優先テーマに選んだと思われる。したがってCajalにとって、彼の初期の研究の中で網膜の研究はもっとも大きな比重をもっていた。1888年から1892年にかけて、彼は網膜について次のような業績を次々に発表していた。」

カハ―ㇽのスぺインで書いた論文は、ほとんど海外の研究者に読まれなかったので、1892年に、La Cellule(9: 121-246 ,1892 )というフランスの雑誌にフランス語で論文を発表した。この論文が、さっそく大きな反響を呼び、網膜の研究者にとってバイブルのような存在になった。学問に国境はないというが、言語の壁は大きかったようだ。カハ―ㇽの論文は、フランス語からドイツ語訳もでた。佐野さんの本に次のように書かれている。
「神経系の全域にわたって重要な形態学的件杞憂業績を残したCajalの論文を引用するにあたって、彼のスペイン語で記された原著に直接ふれるのが難しく、多くの研究者は後年、フランス語、ドイツ語および英語に翻訳された業績を引用する。その場合、最近のほとんどの研究者は無頓着に翻訳書の出版年を原著の発表年のごとく記述するので誤りが起こる。とくに、文献を孫引きする研究者たちは、Cajalの死後に出版された著書をオリジナル論文発行年として、研究の歴史的考察を行ったりするので、言語道断な誤謬が生じている。」

門外漢の私は、臆面もなく長い引用をした。佐野さんの本は、素人の私にも読みやすく実に分かり易い。

医学書院から出版■

上記の本は、2006年12月に東京・本郷の医学書院から出された。この大著は、もともとは京都の出版社「金鳳堂」から出版され始めた。1巻が千ページ近く、価格も2万円を越えており販売部数も限られており続編の出版が危ぶまれていた。そこで、どの筋からは知らないが続巻の出版を東京の出版社・医学書院へ持ち込まれた。医学書院は採算を度外視して続巻の慣行に踏み切った。この英断は元社員の一人として誇らしい。出版とは本来が志の業であるからだ。 同書の「序」に寄れば、この本は第4巻にあたる。
 「本書を執筆しはじめてすでに15年が経過している。大脳基底核群、大脳皮質そして小脳までさらに筆を走らせることができればと心に思うが、執筆は牛歩のごとき歩み、完結までの距離は果てしなく長い。」と書かれている。佐野さんの執筆開始時期を逆算すると、1991年になる。佐野さんは、医学会総会副会頭の大役を終えられた頃から、神経解剖学のライフワークの執筆を開始したのだろうか。

私が医学書院を退職した2011年には、まだ続巻は刊行されていなかった。その後、さらに9年が経過しているので、佐野さんのこの大著は完結しているのだろうか。追って調べてみたいと思う。

今日は、「新型コロナウイルス」―「オルテガ」―「カハ―ル」―「中田瑞穂」―「生田房」弘、「カハ―ル」という一連の医学者の流れの中で、佐野 豊さんに触れた。佐野さんは多分90歳を越えてご健在だと思う。
(2020.6.19)

(私の「医人」たちの肖像―〔125〕 佐野 豊さんと大著「神経科学 形態学的基礎」について)