5月13日、14日と伊豆の土肥温泉に行ってきた。コロナ禍のなかでも束の間のくつろぎを求めての連れ合いとのバス旅であった。旅のお供に読みかけの本を四冊を携えた。
『イタチ横町は大さわぎ』(宮下全司)は、「フォア文庫」という小学校て学年の読者向けの」シリーズ刊行である。岩崎書店、金の星社、童心社、理論社という四つの出版社の共同企画らしい。件のほんは童心社の本である。
この本の舞台は、イタチ横丁とよばれている長屋の路地裏である。ある日、お相撲さんみたいに大きなおばさんが、二人の子どもをつれて、重い荷物をしょって引っ越してきた。胸からこぼれるようなおばさんのおっぱいをみて、長屋の子どもたちは、さっそくおばさんを「でかパイ」とあだなをつけてよんだ。おばさんがきてから、長屋にはつぎつぎと事件がまきおこる。数カ月しておばさんは突然に赤ちゃんを産んだ。すもうとりのようなデカパイおばさんは、単に太っていたのではなくて、おなかに赤ちゃんがいたのだ。いちばん上の子ども(ロミという女の子)、次のいつも古ちんかデカパンをはいている男の子(タロパン)も、こんど生まれた赤ちゃんもお父さんはみんな違うらしい。
「あたい、今夜きゅうにひっこすことにきまったの。」
といった。
「ひっこし。」
びっくりした。
「ほうとう?」
と、目をまんまるくしていた。
「ほんとよ、さっきまであたい、かちゃんと、にもつのせいりをしていたんだから。」
「どうしてまた、そんなきゅうに。」
「かあちゃんがね、しごとからかえってきて、いきなりそういうんだもの。こんど生まれた赤んぼうのとうちゃんが、みんなのめんどうをみてやるから、すぐにこいっていうんだって。」
こんなような幕切れで、デカパイおばさんとこどもたちはイタチ長屋から消えていってしまう。おとうさんの違う三人のこどもをかかえたおばさんは、今はやりの言葉でいるならば未婚のははなだが、このお話にはそのような暗さや蔭がない。戦後のどさくさのなかでたくましく生きていく家族のすがたを宮下さんは書いたのだろうか。もしかしたら、兄弟のたくさんいた宮下さん自身のこども時代を投影してるのだろううか。
ともあれ、面白く読んだ。
木暮正夫(児童文学者)が、「楽天的なひとがらの投影する長屋賛歌」という解説を書いていた。この解説のなかで、宮下さんが童話を書き始めたきっかけが書いてあった。
<宮下さんが児童文学を書くようになったきっかけは、お父さんになってからです。奥さんが長男にせがまれて読み聞かせをしてあげるの聞いているうちに、「子どもの本の世界も面白いじゃないか」と、自分でも読み聞かせをはじめまた。・・・・・・・そうしたある日、学習研究社の第回の児童文学賞の作品募集を知って、『見えるってどんなん?』を応募したところ、みごと佳作賞。童話の原稿も依頼されるようになりました。>
なるほど、そういうことだったのか。宮下さんは、群馬大学学芸学部をを卒業してから、「盲学校」や「聾学校」の教師をしていたから、その時の経験を書いたんだろう。初期の作品も読んでみたい。今回、『あしたが見える―盲学校のこどもたち―』(金の星社)も読んだ。