TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

『永遠のドストエフスキー―病という才能』第4章 なりすます才能と被害妄想―『貧しい人たち』と『分身』の統合失調症

 中村さんのこの本を読みながら、ドストエフスキーを改めて読んでみたくなってきた。『永遠の亭主』や『貧しいひとたち』も『分身』も実のところ私は読んでいないのだ。読書好きのドストエフスキー愛好家も初期の短い作品を読んでいないのではないだろうか。
 さて、この章の冒頭のーてんかん統合失調症ーを中村さんはこう始めている。

ドストエフスキー文学と病気といえば、研究者たちは例外なく「てんかん」を取り上げてきた。・・・・・しかし、ドストエフスキーの文学に力を及ぼした病気をてんかんだけに限る必要はない。てんかんだけでは説明できない迫害妄想、異常な猜疑心、自分が自分でない奇妙な感覚、おそろしい不安、幻覚などの病的体験が、てんかん発症以前に書かれた『貧しい人たち』『分身』『ブロハルチン氏』からはじまって、『女あるじ』『かよわい心』『地下室の手記』『永遠の亭主』、さらには『罪と罰』『白痴』『おとなしい女』『おかしな男の夢』『カラマーゾフの兄弟』にくりかえし現れている。・・・>
 なるほど、そういうことなのか。ドストエフスキー自身が実は病者であったのだ。今様なら、「発達障害者」ということになるのだろう。
 「とにかく病的体験はドストエフスキーのほとんどすべての小説に見られる。」と中村さんが書いている。ドストエフスキーは自らの病的な空想癖や被害妄想や等々から逃れるために、「書くという作業によって自分は正常を取り戻すのだという自覚は、最初からあったと思われる」と中村さんが指摘している。「マカ―ㇽ・ジェーヴシキンさん、あなたは統合失調症」と現代のお医者さんも診断をくだすだろう。」ということだ。

<24歳の作家志望のドストエフスキーは、何処かの公務員として働きながら出版のあての「なかったがノートに書き続けていたのが、、中年の下級官吏ジェーヴシキンと十七歳の孤児ワルワーラの交わす五十四通の手紙という書簡体小説『貧しい人たち』ということになる。書き溜めたノートからの小説を友人ネクラ―ソフが、これを批評家ベリンスキーのところに持ち込んでくれて、ベリンスキーがが「新しいゴーゴリだ」と激賞したことから、ドストエフスキーの前に忽然として作家の道が開かれただった。> 

 てんかん統合失調症、ほかの病を抱えたドストエフスキーは、書くことによって救われた、そして生きた。つまり、「病という才能」に彼は恵まれていたのだった。たくさんの引用をしながら、ここまで読んでくると、ドストエフスキーの処女作となった『貧しい人たち』を読まない手はない。