TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

私の「医人」たちの肖像―(152)萬年 甫先生と対談「原点から学ぶ神経学」(雑誌 BRAIN & Nerve  Vo.61 No.1 収載)のこと 〜2008年5月8日

(152)萬年甫さんと対談「原点から学ぶ神経学」(雑誌BRAIN & Nerve 61(1)収載)のこと〜2008年5月8日

 

  萬年甫さんのことは、著名な神経解剖学者で、少し前まで東京医科歯科大学解剖学教授であり、萬年徹先生が弟さんだという程度の知識しか当時の私は持っていなかった。弟の萬年徹さんは東京大医学部・神経内科教授(第二代、一九八四-〜一九九一)の後に三井記念病院神経内科(部長)に移られていた。三井記念病院の院長(一九九三年四月〜二〇〇九年三月)を務めていた頃の萬年徹さんを雑誌「神経研究の進歩」の企画取材で、院長室を一度訪問したことがあった。

対談「原点から学ぶ神経学」(萬年 甫vs.岩田誠(聞き手)■
●2008年5月8日:

 対談企画は雑誌「Brain & Nerve」誌上における随時掲載シリーズの一つであった。雑誌「脳と神経」と「神経研究の進歩」を統合して、統合新雑誌「Brain & Nerve―神経研究の進歩」が二〇〇七年にできた。「このヒトに聞く」というシリーズ企画は旧雑誌「脳と神経」を引き継いだものだ。この対談は統合誌の編集委員のお一人だった岩田誠先生(東京女子医大名誉教授)の発案だったと思う。この時には既に私は雑誌編集の実務は離れていたが全体を統括する立場にあったので、得難い機会を利用して12~14時30分の収録の全てに参加した。萬年甫先生に面と向かってお目にかかった最初で最後であった。
 「原点から学ぶ神経学」のタイトルを」付けて収録した対談は「Brain & Nerve」第 61巻1号、2009)に掲載された。掲載紙コピーが「カハ―ㇽ、生田先生関連資料」と題したファイルに保存してあった。この機会に再読した。冒頭のイントロは以下のようだ。

《大学の脳研究施設で初めて脳の連続標本を観察された日から60年、萬年 甫先生は脳の世界に魅せられ、「クラシック」ということばを糧に原点となる数多くの文献を原書で読まれ、鋭い洞察力、探求心、そして創造性をもって標本と向き合って来られた。その情熱に魅せられ萬年先生の講座の扉を叩いた学生は数多く、現在では神経解剖学をはじめ、生理学、神経内科学、脳神経外科学、精神医学など多方面で活躍している。今回、萬年先生を師と仰ぐ本誌編集委員の岩田 誠先生に、萬年先生が過去、現在、未来へと追い求められているものについてインタビューしていただいた。》

 対談を再読してみると実に面白い。医学を志す若い人に読んでもらいたい。興味をもった件を引用しておきたい。
 以下は萬年先生が東大皮膚科教授・太田正雄(木下杢太郎)先生と 一緒に防空壕に逃げた折の思い出話だ。太田母斑にその名を残す太田正雄教授歌人の木下杢太郎のほうが有名である。かつて伊豆の伊東駅を訪れた折に、伊東駅の裏手に「木下杢太郎記念館」として生家が遺されているのを知った。

《太田先生がいらして、ドッカと椅子に腰掛けられて、いきなり「君たちは、勉強しておるか」と言われるんです。皆、連夜のような空襲で、勉強なんてそっちのけ、命からがらというところですから、うなだれていましたら、「朝(あした)に道を聞かば、夕べに死すとも可なりという言葉を知っておるか」と。「現在、われわれはまさにそういう境遇である。この心境がよくわかるだろう」と言われ、しばらく間をおいて、「君たちは、知識と知恵というものを区別せんといかん」と言われるのです。いきなりだったので、皆、キョトンとしていたら、「知識というものは、人間が知的活動を続ければ無限に積み重ねることができる。だけれども、知恵というものは、そうはいかんのだ。人間は知識だけでは駄目なんだぞ。知識と知恵と、両道相まって初めて人間になるのだ。君たちは、知識の化け物になるなよ。」とおっしゃるんです。「では、知恵はどうか。知恵は、人類が生まれてからそんなに進歩しておらん。知恵を学ぶにはどうしたらいいか」。太田先生の独り言のようなものです。「知恵を学ぶものは、古典を読まねばならん。古典にはいろいろなものがある。ギリシャ哲学、バイブル、コーランもそうだ。挙げればきりがないが、もう一つ、われわれが中学時代習った言葉で理解できる古典がある。論語だ。「明日に道を聞かば、夕べに死すとも可なりというのも論語だ。君たちは論語を読まにゃいかん」と言われると、スッと立ってさられたんです。まさに突き放なされえる感じでした。

 若き日の太田正雄先生との出会いに始まり、フランス国費留学試験に五回目にして漸く受かり、サルペトリエ―ㇽ病院で学んだ折のエピソード、フランス滞在中にスペインに足を伸ばして、カハ―ㇽ研究所を訪ねる話、等々が語られている。萬年さんは、当時のフランス留学の想い出を、「ヨーロッパの脳研施設を訪ねて(1)」として、雑誌「神経研究の進歩」(第2巻3号、1958年2月)に寄稿している。
(2022.1.22)

 

(私の「医人」たちの肖像―〔152〕萬年甫さんと対談「原点から学ぶ神経学」(雑誌BRAIN & Nerve 61(1)収載)のこと〜2008年5月8日)