TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

『暗夜行路』後編を読み終えた—こんな人間の内面の物語が読まれるんだ

 国語の教科書に、『暗夜行路』が載っていて、「六根清浄、お山は晴天」という言葉がでて来たのを覚えている。『暗夜行路』のこの辺りなんだろう。「六根清浄、お山は晴天」は、霊山である伯耆大山に登るための呪文なんだと聞いたことがある。「六根清浄」と言いながら、主人公の時任謙作が、若い会社員たちと伯耆大山に登り始めた件から引用する。

 <竹さんがよく仕事をしていた場所から十町ほど進むともう木はなく、左手は萱の繁った山の斜面で、空は晴れ、秋のような星がその上に沢山光っていた。路傍に風雨に晒された角材の道しるべ少し傾いて立っていた。それが、登山口で、両方から萱の葉先の被いかぶさった流れの先のような凸凹路を、皆は一列になって、「六根清浄、お山は晴天」こんな事をいいながら、身体を左右に振りながら登って行った。>

 十二時頃に、星を見ながら登り、頂上でご来光を見ようという登山である。前日に、鯛を食べてお腹を壊して、下痢止めを飲んで参加した、謙作は体長が思わしくない。そこで、謙作は途中で一人山の中に残ることになった。

<謙作は疲れた。気持ちにも身体にももう張りがなかった。これ以上同じ速さで皆についていくことは到底出来そうに思われない。彼は、案内者に、「身体が本当でないから、私は此処から帰る。二時間ほどすれば、明るくなるだろうし、それまで此処でやすんでいる」といった。>

 このあと、山腹でひとり、膝に肱をついたまま、どれだけの間か眠ったらしく、ふと、目を目を開いた謙作が、大山から麓の街をながめて描写する場面がでてくる。

<中の海の彼方から海へ突き出した連山の頂が色づくと、美保の関の白い燈台も陽を受け、はっきりと浮かび出した。間もなく、中の海の大根島にも陽が当たり、それが赤えい(漢字)を伏せたように平たく、大きく見えた。村々の電燈は消え、その代わりに白い煙が所々に見え始めた。・・・・・>

 このへんの描写は、自然と人間の緊張状態を美しく表現したものとして、有名な個所のようだ。それで、国語の教科書に載っていrたのだ。

 さて、ともかく、『暗夜行路』を読み終えた。今回、わたしは、「岩波文庫」の2巻本で読んだのだが、同時に、新潮文庫(一冊本)も借りてきた。こちらには、著者により「あとがき」がついていた。それによると、『暗夜行路』は、「時任謙作」としてかいたものや、途中で中断して、十一年もあとで、完成したものだと書いてあった。多分に自伝的で、主人公の時任謙作は、志賀直哉自身となるわけだが、他の登場人物は架空のものだと知った。この文庫には、ご丁寧に、阿川弘之志賀直哉の生活と芸術」、荒正人「暗夜行路について」という解説(論評)もついていた。