「私のC型肝炎物語」第2章:非A非B型肝炎ウイルスからC型肝炎ウイルスへ―〔連載第6回〕C型肝炎は肝癌のリスク・私のC型肝炎物語序曲 1991~1998年

 

「私のC型肝炎物語」 第2章: 非A非B型肝炎ウイルス(NANB)からC型肝炎ウイルスHCV)へ―

(6)C型肝炎は肝癌のリスク・私のC型肝炎物語序曲:1991~1998年

 

1991年5月21日(火曜日)。読売新聞「家庭とくらし」の欄に「Ⅽ型肝炎半数が慢性化―10~40年で肝硬変 肝ガンに」の見出しの記事が掲載されていた。

■Ⅽ型肝炎は慢性化して肝がんへ■

C型肝炎ウイルスの抗体がアメリカで発見され、この病気に感染しているかどうか検査できるようになったのは3年前。それまでは検査法がないため治療も難しかった。(中略)Ⅽ型慢性肝炎は日本人に多い病気で、現在国内に20万~40万人の患者がいると推定されている。半数は輸血によって感染している。抗体が発見されてからは、日本赤十字社では採血時に抗体検査を始めており、今後は輸血による感染は減る見通しだ」。

C型肝炎ウイルス研究の推進母体として「ウイルス肝炎研究財団」が出来たのもこの頃だ。上掲の記事ではC型慢性肝炎の患者は日本国内に20万~40万人と呑気な記述である。2018年現在では150~200万人のⅭ型肝炎ウイルス患者がいると推計されている。

私のⅭ型肝炎物語―序曲■

この頃私は非A非B型肝炎C型肝炎という名称になる経緯を医学界新聞の記者として追いかけていた。当時は広尾の「日赤医療センター病院」に西岡久壽弥さんを取材で時々訪れていたことは既に触れた。

1991年7月17日(水)。勤務先で実施していた定期健康診断を受けた。血液検査結果の肝臓関連数値は以下のようだ。GOT 28,GPT 27 ,γGPT 75, GL 95という数値が記録されていた。これをみると、GOT 28,GPT 27 は正常値以内。γGPT 75は少し高い。血糖値(GL)の95は正常値以内と判断できる。満44歳時においては酒の飲み過ぎ以外には考えられなかった。肝臓の数値は正常値以内なのでC型肝炎ウイルスにはまだ罹患していなかったのか、あるいは潜在しておりウイルスが活性化していなかったのかもしれない。

1年後の1992年6月19日(金)。この年も定期健診を受けた。血液検査結果は、GOT 48,GPT43,γGTP103, GL107であった。γGTPがかなり高い。肝臓関連酵素の数値は正常値より少し高い。血糖値は基準値内である。

この時から6年後の1998年(平成10年)8月、東京逓私は自分がC型肝炎ウイルスキャリアであることを知った。追い求めていたⅭ型肝炎ウイルス研究の推移とⅭ型肝炎治療を自ら体現することになることは知る由もなかった。

(2018.12.16)

 

(「私のⅭ型肝炎物語」第2章:非A非B型肝炎ウイルスからC型肝炎ウイルスへ―〔6回〕 C型肝炎は肝癌のリスク・私のC型肝炎物語序曲:1991~1998年)