TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

「私のC型肝炎物語」第6章: ハーボニーに挑戦―(9)ジメンシー配合錠を見送る

(9) 「私のC型肝炎物語」 第6章:ハーボニーに挑戦― ジメンシー配合錠を見送る

 

  前回の東大病院HCV内科受診(4月4日)から丁度3ヶ月ぶりの受診であった。この3か月間はたんたんとウルソを飲んで清く生活することを心掛けた。Ⅽ型肝炎の飲み薬による治療法の進歩には目覚ましいものがある。しかし、私のC型肝炎治療の場合は旧態依然の日々であった。

  ■東大病院(HCV内科)3ヶ月振りに受診■

  • 2017年7月4日

(92) 7月4日(火):起床6時20分。本日は前回の受診から2カ月ぶりに東大病院(HCV内科)の受診日だ。7時7分のはるひ野駅発で出発したので8時30分頃には東大病院に着いた。採血も8時40分頃には済んだ。超音波検査も予定の10時30分より早くて9時15分に終了した。血液検査結果は以下のようだ。AST、ALT、γ-GTPは46、40、44と横ばいであった。糖尿病関連のグリコアルブミン(GA)が22.1と上昇していた。

  ■ジメンシー配合錠を見送る■

  診察時に主治医の浅岡先生から、今年(2017年1月)承認された飲み薬である「ダクラタスビル・アスナプレビル/ベクラブビル(ジメンシー配合錠)」の治療を提案された。即答ができなかった。

 「L31、Y93以外にもウイルスに変異が無いか、自己負担でもよいから例えば検査会社のSRLで検査できないか」と尋ねた。「これらの検査は研究用なので虎ノ門病院か武蔵野日赤病院でないとできない」、とのお応えであった。このためジメンシーの治療については、次回受診日(8月1日)に再度相談することに先送りした。

  ■ベクラビルを追加して効果増強■

  帰宅してからジメンシー配合錠についてインターネットで調べた。ジメンシー配合錠(ブリストル・マイアーズ社)は2016年12月19日に製造販売が承認され、2017年2月15日に薬価収載と共に発売された新薬だ。適応は1b型のC型慢性肝炎で、1回2錠を1日2回食後に12週間の経口投与の薬だ。経口直接ウイルス阻害薬(DAAs)としてはダクラタスビル(ダクルインザ)とアスナプレビル(スンベラ)の24週間併用療法が既に(2015年)認められていた。この療法に関しては、治療効果を減弱させる薬剤耐性変異の発現が指摘されていた。私の場合は既にダクラタスビル耐性検査をして適応外となった経験があった。ジメンシーは上記の2剤にベクラビルを追加して、HCVゲノム排除作用を増強して薬剤耐性変異への有効性を高めているとのことだ。さらに期間が短くなって12週間投与で治療が可能になった。

  以上をみると、私のHCV肝炎治療にも適応可能であることが判った。結果的には、ジメンシー服薬を私は見送った。ジメンシー配合錠はその後まもなく2018年に製造販売が中止となった。その理由の詳細は把握していないが、私の判断はよかったのかもしれない。

  ■HCV内科とDM内科を受診■

  • 2017年8月1日(火):

(93) 2017年8月1日(火):起床6時20分。

  本日は2カ月振りの東大病院受診日だ。HCV内科とDM内科の両方受診なので、朝食をせずに洗面して6時35分くらいに家を出た。6時47分にはるひ野駅を出発して順調に本郷に着いて、8時18分には東大病院の受付を済ませた。採血は8時35分頃になった。DM内科の受診予約が8時50分だったが、この日は進行が遅れており、10時10分頃に先にHCV内科の受診となった。AST、ALT、γ-GTPは57、44、45であり、全て前回より少し高めの横ばいであった。

  前回の受診時に主治医の浅岡先生から「三剤併用療法(アスナプレビル・ダクラタスビル・ベクラブビル)」について提案があった。今回は提案がなかった。私の方からどうでしょうかと尋ねると、「やるなら虎の門病院に紹介状を書きましょうか?」と言う。「あれ?どうして?」と、疑問に感じた。あまり推奨もしていないようだったので、私は従来通りにウルソ服薬でフォローを続ける方向を選んだ。

  HCV内科の受診中にDM内科の呼び出しベルが鳴った。HCV内科の後でDM内科診察室前に移っていると直ぐに呼ばれた。グリコアルブミン(GA)が22で前回の21より上がっていた。血糖値も188と前回より高い。今回は空腹時血糖なので糖尿病の数値が高いのは要注意だ。

  次回診察はDM内科が9月19日、HCV内科が10月24日に決まった。一日に二つの診療科を受診するのは疲れるので別にしてもらった。

  ■聖路加病院で日野原重明先生に献花!■

  東大病院受診が10時40分頃には終了した。この後すぐに築地の聖路加国際病院に向かった。私のI書院在職中にお世話になった日野原重明さんが、2017年7月18日に105歳で逝去された。7月31日(月)~8月3日(木)まで、聖路加病院内に献花台が設けられていると知っていた。よい機会なので聖路加国際病院へ献花に行くことにした。本郷から築地に直行して、午前11時15分頃に聖路加国際病院に着いた。病院内の1階のチャペルの奥の部屋の献花台に白い菊の花を手向けてお別れの挨拶をしてきた。

  (2018. 12. 20)

「私のC型肝炎物語」 第6章: ハーボニーに挑戦―〔9〕 ジメンシー配合錠を見送る)