TomyDaddyのブログ

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私の「医人」たちの肖像― (33) Robert Gallo さんとインビュー「進むエイズ(HIV)ウイルスの解明」~1984年11月14日(水)

(33)Robert Gallo さんとインタビュー「進むエイズHIV)ウイルスの解明」~1984年11月14日(水)

 

 ロバート・ギャロ(Robert Gallo)さんが、第15回高松宮妃癌研究基金国際シンポジウムに参加のため来日した。彼は米国NIH(National Institute of Health)の機関の一つ国立癌研究所(NCI: National Cancer Institute)のレトロウイルスの研究者である。Galloさんは、その頃、エイズウイルスを発見したと主張しており、時の人であった。
■ギャロ博士へインタビュー■
1984年11月14日(水):
 
ギャロ博士へインタビューした。一隅の機会をとらえて、1984年11月14日(水)夕方18時から、先輩記者SH君が、NatureのAlun Andersonさんに頼んで、件のインタビューが実現した。収録の場所がどこであったのかは覚えていない。多分パレスホテルの会議室を予約して利用したのではないだろうか。
 「進むAIDSウイルスの解明―Robert Gallo博士に聞く」という記事に、インタビューをまとめ、医学界新聞・第1629号(1984年12月17日)に掲載した。インタビューの際には、予め質問項目を準備し、Alun Andersonさんに通訳をしてもらった。
 インタビュー終了後に、SH君と私はアンダーソンさんを、新宿ゴールデン街のバー「トウトウベ」に、御礼の意味も兼ねて連れて行った。「トウトウベ」は、安田 有さんという詩を書く方が営んで、と聞いた。「はやくお家にお帰り」とかいう詩集を頂いて読んだ記憶があるが、手元にない。この店の常連客は文学者が多いとのことだった。  アンダーソンさんは、ゴールデン街の雰囲気をいたく気に入ってくれた。実際その日のバーには、黒人の音楽家が同席していて、何かエキゾチックな雰囲気であった。夜中の2時にタクシーで帰宅した。
高松宮妃癌研究基金第15回国際シンポジウム■
 
高松宮妃研究基金第15回国際シンポジウム開催の記事を、第1629号に同時掲載した。この記事は私が執筆した。以下に記事の概要を紹介する。
 高松宮妃癌研究基金第15回国際シンポジウムが、1984年11月13日~15日の3日間、東京・大手町のパレスホテルで開かれた。仙台における第6回国際ウイルス学会議からまだ半月しか経っていなかった。
 テーマは成人T細胞白血病: ATL(Adult T-Cell Leukemia )だった。しかし、その時点では、肝心のATLよりエイズの方が焦眉の関心事だった。同じレトロウイルスということから、AIDSウイルスの方が脚光を浴びていた。会議には、米国(NCI)Robert Gallo、フランス(パスツール研)Luc Montagnier両博士が出席した。半月前の仙台における国際ウイルス会議に、Galloは出席していなかった。ここで火中の両者が揃ったので、エイズウイルス発見に関して鎬を削る二人の直接の意見交換がなされた。
 エイズウイルス発見の優先権争いは、1990年代の初めにパスツール研究所のMontagnier 側に軍配があがった。この時から24年後の2008年、Montagnierは、「エイズウイルス発見の業績」でノーベル生理学・医学賞を受賞することになる。
ロバート・ギャロさんの履歴
 ギャロさんのことを、この機会にインターネットで調べてみた。ウキペディアに次のような履歴が書かれていた。Robert Charles Galloは、1937年3月23日生まれ。米国のウイルス学者で、メリーランド大学教授。1963年トーマス・ジェファーソン大学から医学博士号取得。1976年にインターロイキン-2というT細胞増殖因子を発見した。1980年に、セザリー症候群に罹患したカリブ海の黒人から、のちにヒトTリンパ好性ウイルス(HTLV)と命名されるレトロウイルスを分離した。1984年以降、HIVの発見をめぐりパスツール研究所のリュック・モンタニエと激しく争ったことが知られているが、ノーベル生理学・医学賞の受賞にはならなかった。
 ギャロさんはもうすぐ84歳になる(2019年現在)。お元気そうな写真も載っていた。米国NCIで研究を今も続けているようだ。
(2019.3.9)


(私の「医人」たちの肖像―(33)Robert Galloさんとインタビュー「進むエイズHIV)ウイルス)の解明」~1984年11月14日)