TomyDaddyのブログ

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私の「医人」たちの肖像―(66)井村裕夫さんと座談会「神経-免疫-内分泌・軸」 ~1987年10月5日

(66)井村裕夫さんと座談会「神経―免疫―内分泌・軸」~1987年10月5日(月)

 

   座談会「神経―免疫―内分泌・軸」を収録するために、1987年10月5日(月(月)の午後から、上司のMMさんと一緒に京都へ出張した。京都市役所近くの京都ホテルを、午後18~21時頃まで収録会場に予約した。
■座談会:神経―免疫―内分泌・軸■
●1987年10月5日:
 
座談会「神経・免疫・内分泌・軸」の陣容は、以下のようだ。神経領域は井形昭弘さん(児島大学学長・神経内科学)、免疫領域は、岸本忠三さん(大阪大学教授・細胞工学センター)、そして内分泌分野から井村裕夫さん(京都大学教授・内科学)に司会も兼ねて参加いただいた。
 企画に際して、米国・ニューヨークにあるRavenという医学系出版社から少し前に出版された“The Neuro-Immune Endocrine Connection”というタイトルの本を参考にした。
 そのころ、神経系、免疫系、内分泌系は個々別々に存在するのではなく、互いに関連しながら生体を統御しているという考え方が出てきていた。そのことを座談会で語っていただこうという企画であった。これも先輩記者のSH君と相談しながら考えた。少し前にある学会で同様の趣旨の講演をなさっていた京大の井村裕夫さんに、最初に企画相談をした。
 企画趣旨に同意が得られ、「免疫系は岸本君がいいよ」と、参加者の候補も推薦して下さった。「神経は鹿児島大学の井形先生にお願いしたい」とはこちらからお伝えした。
 まだ夏のうちから、1988年の新年企画として考えていた。1987年8月4日(火)の夕方16時~17時にかけて、鹿児島、京都、大阪へ電話で企画趣旨を伝えて、座談会への出席依頼をした。何方も忙しい先生方だが、早めの連絡が奏功して、幸いにもアポイントを取得できた。就任7年目にして、漸く編集者としての感が培われてきたような気がした。
■座談会「神経―免疫―内分泌・軸―生体を統御する不思議■
 
座談会の冒頭に、次のようなイントロの文章を書いた。
  「私は免疫が大脳の優位性の根底をなす過程―それゆえに人間の心の生物学的基盤そのものに存在する過程に、深い関わりを持っていると思う。」
 (ハーバード大学 Norman Geschwind)
 「最近、Raven Press社から刊行された "The Neuro-Immune Endocrine Connection" の扉には、上のエピグラフが掲げられている。従来、個々独自の学問として発展を遂げてきた神経、免疫、内分泌は、近年情報伝達系としての共通性が注目され、三系の相互関係を検討する領域は上記書のように“Neuro-immuno-endocrinology”と呼ばれている。そして、これら三系にオーバーラップして特異な症状を示す疾患―HAM、AIDS、そのほか自己免疫疾患―も発見されている。翻って、現代の免疫学の流れは人間の〈病〉に向かっているという。〈自己と非自己の識別〉が免疫の基本であるとすれば、自己免疫疾患の原因解明は生体を統御するメカニズムの不思議を解く緒になるのではないだろうか。」
 座談会の内容は、次のような6個の大見出しを付けてまとめた。
(1)何故3つの系が同じ土俵で論じられるか―情報伝達系としての共通性、
(2)広い意味の情報伝達系としてのホルモン―ホルモンは昔のホルモンならず、
(3)3つの系を貫く様々な疾患の成立―HAM、AIDS、多発性硬化症
(4)難病として残された各種の自己免疫疾患―自己免疫疾患でつながる免疫と内分泌、
(5)情報伝達に関わるレセプター以後の進展に期待、
(6)従来の枠を超えた学問の展開が必要―臨床にフィードバックする基礎研究を。
 座談会「神経―免疫―内分泌・軸」は、医学界新聞・第1779号(1988年1月4日付)の年頭を飾った。
■免疫学の利根川さんがノーベル賞に決定■
●1987年10月:

 「VJ遺伝子再構成による抗体生成の遺伝的原理の解明」の業績で、当時は米国在住(MIT)の利根川 進さんが、1987年10月、ノーベル生理学・医学賞を単独受賞した。座談会を掲載した同じ号に、黒沢良和さん(藤田学園保健衛生大学教授・総合医学研究所)に、「1987年ノーベル医学・生理学賞:利根川進博士とバーゼル免疫学研究所―独創と苦闘を支えた自由の地」という解説記事を寄稿いただき併載した。
 上述の座談会は、私にとって最も記憶に残る一つである。
(2019.3.27)


(私の「医人」たちの肖像―〔66〕井村裕夫さんと座談会「神経―免疫―内分泌・軸」~1987年10月5日)