TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

私の「医人」たちの肖像― (96)武田文和さんと「問われる末期医療―安楽死事件」~1991年4月13日(土)

96)武田文和さんと「問われる末期医療―安楽死事件」~1991年4月13日(土)

 

「先生、いけないんじゃありませんか」
末期がん患者(58)を世話していた看護婦が驚いて声を上げた。
「僕の責任でやる」

静止を振り切った医師(34)が静脈に注射すると、患者はわずか数分後に死亡した。注入されたのは、一度に大量に投与すると心臓マヒを起こす塩化カリウム20㏄だった。

■「安楽死事件」■
●1991年4月13日(土):
 東海大学附属病院(伊勢原市)で、医師による「安楽死事件」が起きた。
 1991年5月18日、読売新聞朝刊では、「問われる末期医療―追跡₋東海大病院₋安楽死₋事件」の記事が、第一面で大きく報道された。
 「医の規範逸脱は明白だが、延命が第一というのには一石」という副見出しが、この記事には付いていた。末期医療の問題点が、澎湃として指摘され始めていた。末期がん患者の苦しめる痛みを和らげるモルヒネなどを用いた鎮痛治療が緒に就いた頃だった。
■緩和ケア治療先駆者武田文和さん■
 英国のトワイクロスさんのテキスト『末期がん患者の診療マニュアル』が、武田文和さんの手により、翻訳出版(医学書院刊)されたのは1987年だ。
「これまでガンの早期発見と治療にばかり力を入れ死にゆく患者の痛みを和らげることに関心が払われなかった。鎮痛治療や精神的ケアを十分に行うことがまず必要。安楽死の議論はその後の問題だと思う。」
 上記の新聞記事に寄せられている武田さんのコメントである。
 武田さんのことを、この機会にインターネットで検索した。体験者・医療者からのメッセージ;JPOP-VOICEというホームページで、以下の情報を得た。
 武田さんは、1957年群馬大学医学部卒業後、脳外科医として出発した。日本で癌疼痛治療を推進した第一人者である。WHO専門家諮問委員。世界25か国の専門家が4年間審議し1986年に発表した『WHO方式がん疼痛治療方法』の作成メンバーのひとり。1998年埼玉県がんセンター総長を定年退職された。ブログ「がんの痛みの治療」を、武田さんは公開している。覗いてみると役に立つ記述がいっぱいある。
ブログ「がんの痛みの治療
 「痛みは自制内なんて禁句にしましょう!」という記載を目にした。この記述は2011年9月24日の記載だ。驚くばかりだ。
 私が25年前に義父を肺がんで見送った頃には、患者にも家族にもケアの情報が余りにも少なかったことを想い起した。武田さんのお蔭で救われたひとたちは数知れないだろう。
(2019.5.8)
(私の「医人」たちの肖像)―〔96〕武田文和さんと「問われる末期医療―安楽死事件」~1991年4月13日)