●「私のC型肝炎物語」第5章:MSD社の治験に参加 (第12回) 服薬終了から再燃まで!
●2015年6月30日(火)治験後1日目:
(85) 6月30日(火):起床6時01分。昨夜は寝る前に目覚ましを6時5分にセットした。しかし、目覚ましのなる前の6時1分に目覚めて起きた。本日は朝食を食べないで行く予定であった。京王線の若葉台駅まで歩いた。若葉台発6時49分の始発に乗った。新宿には7時39分頃に着いた。東大病院には8時ころに到着。総合受付の列の前から5番目くらいに並んだ。受付開始は8時10分からなの受付番号は32番であった。2階に上り内科受付は8時25分からなので少し待った。そのあと25番の治験の部屋に行って血圧を測ろうとしていると、治験コーディネータの永井さんが直ぐにきた。血圧、体重、体温を測ってから8時45分くらいに永井さんと一緒に採血に23番の検査室に行った。そのあと心電図と腹部(肝臓)超音波検査を生理検査室に行って受けた。超音波検査の後で、肝臓の硬さを測るファイブロ・スキャンの検査を受けた。その直後に内科診察室(246番)からの呼び出しベルが鳴った。25番に戻って待機していると永井さんが来たので「内科からの呼び出しベルが鳴った」とお伝えした。永井さんと一緒にすぐに246番に移動した。浅岡先生の診察室(246)の前で5分くらい待機した。血液検査の結果は、AST, ALT, γGTPは27,17,25であった。数字から見る限り順調に推移していた。
●2015年7月28日(火)治験後29日:
(86) 起床6時00分。朝食:8時00分(新宿で)。午前6時45分に家を出た。若葉台から6時59分発で新宿へ向かう。7時55分頃に新宿に着く。西口のカフェでモーニング(650円)の朝食。8時10分に新宿をでて8時30分頃に東大病院に着いた。午前9時少し前に治験の部屋に着いて水を飲んでいると、担当の永井さんが来た。直ぐに体重を量り(61.5キロ)、心電図の測定に行く。戻って血圧を測り(9時13分頃)、そのあと永井さんと採血に行く(試験管に9本取った)。9時30分頃に治験の部屋(25番)に戻り永井さんと少し話す。そのあと治験のフロアー(25番)で11時頃まで待機していた。午前11時15分頃に、消化器内科246番(浅岡先生診察室)の前で診察を待つ。かなり待って呼ばれたのは12時30分頃であった。浅岡先生からの説明は以下のようであった。
■治験薬は実薬だった■
「治験薬は実薬群に入っていた。GOT, GPT, γGTPは、25,16,27で前回よりも下がっていた。γGTPは前回よりもポイント2だけ上昇していた。血小板(PLT)が低いままなのが気になる。」浅岡先生の面談を終えて、13時頃に支払いを6番で済ませた。そのあと地下のレストラン三四郎で煮魚定食(900円)を食べた。13時30分頃には、1階で会計を済ませ、薬も処方してもらった。14時前には東大病院は終了した。この後、本郷三丁目から大手町経由で九段下へ行く。千代田区役所で、義母Hの戸籍関係書類(全部事項証明・除籍全部事項証明)を取得したのが14時36分であった。このあと九段下から都営新宿線経由で若葉台駅に15時30分過ぎに着いた。はるひ野には16時頃に帰宅した。この日は、横浜総合病院へY子の面会に初めて行かなかった。17時30分頃に庭の植木に水やりをした。18時50分頃に夕食を食べていると、近隣のIさんが、煮もの、かぼちゃを持ってきてくれた。ビール2缶と、次女のYSの持ってきてくれたカルパッチョとHIさんの差し入れで夕食。21時~22時頃まで居眠りをしてからシャワーを浴びて床に就いた。
●2015年7月31日(金)治験後32日:
(86) 起床6時00分。朝食7時00分)。午前中は家にいてパソコンのアップグレード作業を行ったが失敗した。午後13時頃に東大病院の治験コーディネータの永井さんから電話があった。東大からの電話「永井さんから電話あり」としか書いていない。7月28日(火)の診察の際の血液検査結果は横ばい状態で悪いものではなかったので、多分、永井さんは「浅岡先生からのお話しがある」としか言わなかったのではないだろうか? この日の電話で、次週8月4日(火曜日)の午前8時30分に東大病院に行くことになった。午後の面会に横浜総合病院に行く前に柿生の横浜銀行で固定資産税を支払った。15時13分頃に病院について、Y子にアイスクリームと蜜柑を食べさせた。少し一緒にいた。YSたちが17時12分頃に柿生駅に着くと言うので迎えに行った。少し早めに病院を出て王禅寺の家に行って窓開けてから庭の植木に水まきを行った。予定の時間に柿生の駅でSYたちを拾って横浜総合病院に戻った。Y子の夕食の世話をしてから、18時20分頃に帰ろとしていたら妹のM子が来たので後を頼んで帰路についた。19時30分頃にはるひ野の華屋与兵衛でYS、J、Rと四名で夕食を食べた(4015円)。Jとシャワー、RはYとシャワー。YSたちが泊まってくれた。ビールを1缶飲んで寝てしまった。この日に、義母の友達のDさんから夜の20時40分頃に電話があった。
●2015年8月4日(火)治験36日目:
(87) 起床6時00分。朝食7時50分(新宿にて)。洗面だけして6時28分に家を出た。若葉台から6時48分頃の始発で新宿へ向かった。7時50分頃に京王線新宿駅の改札から出た近くの店で、お握り2個と味噌汁を食べて、朝食後の薬(ブロプレス、グリミクロン)を飲んだ。食事を済ませて、大江戸線で本郷3丁目へ。8時20分過ぎには東大病院に着いた、午前8時28分に受付を済ませ、治験の部の25番で待機していると永井さんがやってきた。血圧(117/72/76)、体温(36度4分)を測ってから8時48分頃に内科診察室246番で待つ。朝の一番で浅岡良成先生の診察に入った。
■終了4週間後にHCVウイルスが再燃■
「残念な結果になりました!」開口一番の言葉だった。「HCV-RNAを検査会社SRLにおいてPCRで測ったところウイルスが再燃して増加していることがわかりました」とのことであった。結局、治療は失敗であった。この日は内科受付を行っていないので会計も何もなかった。治験の結果を聞いたのみであった。面談後には直ぐに帰途に就いた。小田急線経由ではるひ野駅には午前11時頃に戻ってきた。駅前のクリシマで、寿司、春巻き、牛乳を買ってから帰宅した。11時35分頃から、一人で早めの昼食を食べた。少し休んでから、(義母Hの)年金関係の提出書類の準備を13時30分から15時15分頃まで行った。準備した書類を新百合ヶ丘の郵便本局で投函してから横浜総合病院に行った。16時20分頃に到着すると義妹のM子が見舞いに来てくれていた。17時頃には、M子に帰って貰った。18時頃に三女のRHとKHがやってきた。Rたちは静岡からの仕事の帰りなので18時頃には帰って貰った。18時20分~19時頃までY子の夕食の世話をした。18時50分頃に、長女のNからメールが来た。8月7日(金曜日)、午後15時30分頃に、新横浜駅からあざみ野駅に着いて、病院に面会に来るとのことであった。了解の返事をした。その後、19時~19時30分頃まで歯磨きの世話をしてから帰宅した。この日は、Y子の退院後に必要かもしれないので、エレベータ設置の見積もりが出ていたので設計士のNさんが相談に来ることになった。そのための日程調整をメールで行った。8月13日(水)の午後15時頃にNさんが横浜総合病院に見舞いに来てくれることになった。
(「私のC型肝炎物語」第5章:MSD社の治験に参加 (第12回) 服薬終了から再燃まで!)