TomyDaddyのブログ

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私の「医人」たちの肖像― (112) 大村敏郎さんとインタビュー「医史学のすすめ」 ~1993年3月30日(火)

(112) 大村敏郎さんとインタビュー「医史学のすすめ」~1993年3月30日(火)

 

1993年3月30日(火)。大村敏郎先生に写真をお借りするために東横線の駅で、18時に街待ち合わせの約束をした。ここで忘れられない大失敗をした。都立大学と自由が丘か駅を間違えた。慌てて自由が丘から都立大学に移動してお目にかかることができた。

「柿の木坂」近辺の閑静な住宅地のご自宅に伴われた。アルバムの中から古い写真をお借りした。「医史学のすすめ」のテーマでのインタビューを紙面構成するための挿入資料としてお借りしたのだった。大村さんは外科医ではあるが、医学史あるいは医史学に造詣が深いことで知られていた。大村さんには、「フランスの外科」をテーマとした座談会の際に数年前お世話になり旧知であった。

■インタビュー:医史学のすすめ―医学史は歩いてみると面白い!■
●1993年3月30日(火):

「医史学のすすめ」のテーマで、外科医にして、アンブロアズ・パレの研究家として知られる大村敏郎さん(川崎市立井田病院・総合医療部長、1993年4月から川埼市がん検診センター所長)に伺った。

以下に、掲載時の囲みのリードの文章から転載する。
「『私が処置し、神がこれを癒し給うた』(Ambroise Pare 1510~1590)

現代医学は止まることなく細分化され、医学生が学ぶべき情報量は膨大の一途を辿る。過去の時代から医学を辿ることで現在を見据えることができる。医学史を学ぶことは、進歩して分化する医学を統合して見ることでもある。」

インタビュー記録を、医学界新聞・第2041号(1993年4月26日付)の医学生・研修医版に、次のような5項目にまとめて掲載した。

(1)「医史学」って何だろう?:『日本医学史(1904)』を書かれた富士川游先生は、「医史学というのは、医学の歴史を科学的に研究することである」と定義している。と言いながら実はこの言葉はなじみが薄いから自分の本は、『日本医学史』にしたと書いている。

(2)医学史の宝庫フランスの街々で:医学部卒後7年目の1971年に外科医の就業のためにフランスに留学した大村さんは、街を散策すれば「医学史」に出会う経験をした。例をあげれば、聴診器を発明したラエネックのレリーフパスツール研究所の隣の建物の地下にはパスツールの墓がある。

(3)日本の外科のルーツはパレにあり:1990年12月20日(パレの命日)にパレ没後400年祭が東京で開かれた。

(4)医学史って面白い―医史学の講師として学生に語る道へ。

(5)医学概論としての医史学―医学へのモチベーションを高める:医学を学ぶ上で医学の中の自分の座標軸を確かめるのに医学史の勉強は非常に役に立つと思う。

(2019.7.15)

(私の「医人」たちの肖像―〔112〕大村敏郎さんとインタビュー「医史学のすすめ」~1993年3月30日)