TomyDaddyのブログ

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私の「医人」たちの肖像―(141) 岡野栄之さんと「iPS細胞を用いた中枢神経系の再生医療研究」 ~2009年2月5日(木)

(141)岡野栄之さんと鼎談「iPS細胞―再生医療へのアプローチ」~2009年2月5日(木)

 岡野栄之さんには、私の医学書院在職中に二度お目にかかったことがある。

一度目は2003年一月9日(木)に、担当していた雑誌「脳と神経」の「この人に聞く」というインタビュー企画であった。医学部を卒業して、基礎医学を初めから志し臨床には一切行かなかったと述べていたと記憶する。その時は、RNA蛋白質をコードする“Musashi”遺伝子同定に至る初期の研究について伺った。二度目が、2009年2月5日(木)だった。新宿区信濃町慶應義塾大学医学部の岡野栄之研究室を、午前10時30分~13時30分に訪問した。

■鼎談「iPS細胞―再生医療へのアプローチ」を収録■
●2009年2月5日(木):

 医学書院発行の雑誌「Brain & Nerve」で、山中伸弥先生(京都大学iPS細胞研究所教授)、岡野栄之先生(慶応義塾大学教授・生理学)、辻省次先生(東京大学教授・神経内科)の三人で鼎談を行った。テーマは「iPS細胞―再生医療へのアプローチ」であった。

 山中伸弥教授によって多能性の幹細胞であるiPS細胞が、2006年8月に作製された。三年後の2009年は、iPS細胞を使った再生医療への期待が高まってきた頃である。
 この座談会(鼎談)は、雑誌「Brain & Nerve」の編集委員の一人であった辻先生の発案で企画した。山中先生は超多忙な方なので東京までお越しいただくのは無理だろうから、インターネット(Skype)を利用して、京都と東京を結んで鼎談を行うことにした。そこで、編集室のスタッフが辻先生と一緒に慶応義塾大学の岡野研究室を訪れた。
 しかし、残念ながら画面が上手く表示されずに、画面なしの電話鼎談となった。電話の音声をマイクロフォン使用にすることで、けっこう臨場感のある鼎談が実現した。この折の鼎談内容は、2009年6月発行の「Brain & Nerve」誌に掲載した。

 鼎談の収録から三年後の2012年に、iPS細胞技術の開発の業績で、山中伸弥さんはノーベル生理学・医学賞を受賞した。ある学問の成果からノーベル賞授賞に至るには、多くの場合数十年を経過することがすくなくない。iPS細胞の作製がどれ程の業績であるかはこのスピード受賞でもわかる。

■研究ツールとしてのiPS細胞■

 鼎談の冒頭を以下に紹介する。

 辻生命科学の研究、あるいは細胞生物学という立場から、iPS細胞の役割や意義、今後の課題といった点をまず、山中先生に伺いたいのですが。

 山中:基礎研究という意味では、iPS細胞をつくる技術というのが非常に簡単で、最低限 の培養設備と遺伝子導入の設備さえあればどこの研究室でも、だれがやってもできる技術です。こいう簡単な系をつかって「初期化」という非常に複雑な現象を再現性よくつくり出すことができます。今後、多くのひとが利用することで、なぜいったん分岐した細胞が初期化されるのか、なぜ受精卵と同じような状態に戻り得るのかというメカニズムが、どんどん明らかにされていくのではないかと思います。基礎研究から、みるとそういうことを期待しています。

 辻:iPS細胞から分化誘導をかけたときというのは、細胞がすべて分化誘導してしまうのか、あるいはその中にも、例えばiPS的な特性をもった細胞がわずかながら潜んでいるのかという点については、どうなんでしょう。

 山中:その点は、岡野先生が、いま神経系の細胞への分化誘導の研究を行っておられますので、正しい知識をもっておられると思います。

 岡野:iPS細胞もES細胞とまったく同じ方法で、試験管の中で神経系の細胞に誘導できるということはわかりました。しかし、iPS細胞を使った場合、ごくわずかですが、なかなか分化できない細胞が出てきてしまいました。これが、reprogrammingの異常なのか、そのほかのメカニズムなのか、またこのような分化抵抗性の細胞が、ひょっとしたら腫瘍をつくるかもしれないと・・・・。そいうことがわかってきまして、今後はどういうメカニズムでiPS分化が進んで、分化がどのように制御されていくのかという基本的な問題を、もう少し突っ込んで研究したいと思っています。

 上記の鼎談収録から10年後の2019年現在、「亜急性脊髄損傷に対するiPS細胞由来の神経前駆細胞を用いた再生医療の臨床研究」が、岡野栄之さんのグループにより緒に就いていることを知った。

■「iPS細胞由来神経前駆細胞を用いた再生医療の臨床研究」に期待■

●2019年6月10日(月):

 国際医学情報センター発行の雑誌「あいみっく」〔40)2)2019〕が送られてきた。この雑誌の巻頭に「中枢神経系の再生医療研究」という“Editorial”(巻頭言)を、岡野栄之さん(慶応義塾大学生理学教室・教授)が執筆されており、興味深く読んだ。
 岡野さんは1983年の慶応義塾大学医学部卒だから塚田裕三教授(生理学)の薫陶を受けた世代であろう。慶応の生理学といえば塚田裕三教授を想い起す。1981年に第8回国際薬理学会議の折に来日したM. H. Aprison博士を囲んで開催した「神経化学と精神医学」(医学界新聞・第1487号、1982年掲載)という座談会で、神経生理学の塚田教授にお世話になったことがある。

上記の雑誌「あいみっく」の“Editorial”で、岡野さんは基礎医学研究者として神経系の発生と再生の研究に携わってきた自 らの30年を簡潔に紹介している。1984年頃からの「Musashiによる成人脳神経幹細胞の同定」と、それに続く「幹細胞を用いた脊髄再生研究」に触れている。「2001年に慶應義塾大学生理学教室に着任以来、脊髄再生を目指して整形外科教室との共同のリサーチパーク運営を開始しました」と述べている。
 興味を惹くのは、「リサーチパーク」という言葉である。2006年からは、山中伸弥教授(京都大学)により開発されたiPS技術を用いて脊髄損傷の再生を目指した研究を開始し前臨床研究を行い、「適切なiPS細胞を用いれば腫瘍形成がなく、長期に渡る運動機能が回復するという研究」に成功した。2019年2月には慶應義塾大学中村雅也教授(整形外科)との共同による「亜急性脊髄損傷に対するiPS細胞由来神経前駆細胞を用いた再生医療研究」を、厚生労働省の認可を得て、この臨床研究の準備中とのことである。
 上記のブログを記述した本日(2019年7月20日)の朝日新聞で、興味深いインタビュー記事を読んだ。
分水嶺の科学技術―わが国の研究力低下は深刻■
 平成の30年間で生命科学は飛躍的に進歩した。昭和末期から平成の初期頃に米国を中心に遺伝子工学が急速に発達して、生命工学あるいは分子遺伝学へと進展した。ヒトの全遺伝情報を解析する(ゲノムプロジェクト)は当初の予想を超えて進展した。2012年の山中さんに続いて、2015年には大村智先生(北里大学特別栄誉教授)がノーベル生理学・医学賞を受賞した。しかし平成の30年を経て令和となった現在、わが国の基礎研究の低下が危惧されている。
 朝日のインタビュー記事は、山中伸弥さん(京都大学iPS細胞研究所長)に対するものだ。「研究室のトップが企業経営者のようになってきましたね。」という記者の質問に対して山中さんの応えが興味深い。
 「平成初期の日本の有力研究室は、自前ですべてできました。いまは、すべてを理解して自分たちだけでやるのは不可能です。チーム力というか、個々の技術を持つ人をバーチャルにつなげ、巨大な組織にして、一日も早く進める能力が求められています。・・・」
 前段で紹介した、岡野研究室の「リサーチパーク」の創設は、共同研究の原初を示しているようだ。
 山中さんは令和の時代について、「急速に進化した科学技術で、人類と地球が、さらに光り輝くか、とんでもないことになるか決まる時代。iPS細胞の発見もパンドラの箱といわれることがあります。これからが幸せになるのか、とんでもないことになるのか。令和は、どっちに行くか決まる時代になると思います」と述べている。

 われわれは今ターニングポイントにあるようだ。
(2019.7.20)

(私の「医人」たちの肖像―〔141〕岡野栄之さんと「iPS細胞を用いた中枢神経系の再生医療研究」~2009年2月5日)