TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

不安な日々に気になる(読みたい)本たち

 新型コロナウイルスがまたも急拡大している。感染力の強い変異株が蔓延してきたのだ。とくに感染拡大の激しい大阪府の吉村知事は、4月19日午前、三度目の緊急事態宣言を出すよう政府に要請すると表明した。まん延防止等重点措置の適用から同日で2週間が経過するが、感染拡大に歯止めがかからないため、宣言に基づく休業要請などのより強い対策を講じる必要があると判断したためだ。
 一方、東京都も4月19日、新型コロナウイルス対応の特別措置法に基づく緊急事態宣言を政府に要請する調整に入った。都内では、重点措置期間に入った4月12日以降、新規感染者数が連日、前週比で2割から1割増加している。4月15日には、729人と約2カ月半ぶりに700人を突破した。こんな状況だが、今週22日(木)に、私は胆嚢ポリープを精査するため消化器内視鏡検査が予定されている。都内の大学病院に行く。

 いずれにせよ、ウイルスは目に見えないので私たちは怯えるばかりである。漠然とした不安に囲まれた時代には、不安に対処するための本が求められる。気になる本のことを記憶と記録のために紹介しておきたい。
(1)『人生100年時代―あなたの晩年をゴールデンエイジに』(山口 昇 諷詠社)
 現在の長寿者社会に、早すぎる定年退職を迎えてしまったシニアたちに贈る―晩年を輝くものにする考え方とその方向。<コメント>人生100年時代とは、人生のゴールデンエイジ、シニアの日常生活、シニアの健康管理、最終章・終活とは、が章立てとなっているらしい。どういう本かな?本当は、終活なんてしないで、目標に向かって走り続けるのが最高なんだと思う、日野原重明さんのように。日野原さんは、定年退職なんてなかったので、最後までは走っていた。あれは別格か。それでも、60歳で「よど号事件」に遭遇してから、日野原さんは、ひとのために生きたんだと思う。ということは、老いても他人への思いやりをもつことが晩節を光らせるんだろう。
(2)『あるく力を落とさない!新しい「足」のトリセツ』(下北沢病院医師団 日経BP)』
 下北沢病院は、日本で唯一の「足の総合病院」なんだという。自粛生活であなたの歩く力に黄信号なんだと。これは、フレイル防止の指南本なんだろう。
(3)『いつでもソクラテスー知的冒険の旅へ』(内田賢二 元就社)
 人は医学書にない「三つの病」をもっている。何が正しいか解らなくなると人も国も亡びる。365日の哲学。以上が、広告のキャッチフレーズだ。
 <コメント>著者の内田さんは、医師で思想家となっている。「利巧馬鹿」と「馬鹿利巧」は意見が合わない。ってことが書いてあるらしい。タイトルは凄いが、中身はどうかな?書店で立ち読みをしてみよう。

 

「朝日歌壇」を読む 

 『方丈記』を再読した。鴨長明(ながあきら)は、健保四年(順徳天皇、1216年)閏6月4日に没したとされる。父祖は世々、鴨神社(下鴨神社)の神官で、父は長継、兄は長守と言い、若い頃に兄に死別した。年少から音楽(琵琶)を好み、和歌を詠じた。
 そうか、長明も和歌の素養があったのだ。「方丈記」はかなりの歌の素養に裏つけられているのだ。長明は歌論書「無名抄」もあらわしている。和歌の歴史は、長明よりも長く万葉集があるのだから驚いてしまう。日の元の文芸は永いのだ。というところで、今週の「朝日歌壇」を読んだ。

この十年孫二人増え義母が逝き区切りなどなく暮らしは続く福島市 遠藤和子)>⇒高野公彦選: 「一首目は「三。一一」からの十年の正直な感想だが、下句の意味するものは重い。」と高野さんはコメントしている。これも社会詠だが個人お思いが重い。たんたんと私の十年を語っているのだが短歌に詠むことが非凡なのだろう。

<「文春」に怯える与党も「文春」に頼る野党も我ら選びぬ(観音寺市 篠原俊則>

暴言は病気が言わせているのならそれも含めて病気は悲しい(東京都 上田結香)>
イプセンのノラにもなれ百閒のノらにもなれず今日の残照(川崎市 しんどう 葵)>⇒ 永田和宏選: 「篠原さん、週刊誌に振り回される与野党を「我ら選びぬ」。そこに、自己を含めた批判がある。」と永田さんがコメントしている。永田さんの選ぶ歌から三首に感心した。上田さん、しんどうさんの歌は個人詠だがよく心情がわかる。

ノーベル賞に浮かれていたが脆弱な国だと知った医療も医学も(横浜市 森秀人)>⇒馬場あき子選: 森さん、気持ちはわかるけれど、日本の医療も医学もワクチン開発が遅れたからといって、そんなに脆弱ではないと思いますよ。馬場さんが選んだけれど、それは素直な歌い方に惹かれたのでしょう。

<月一度「給料」とある入金はこれが最後と記帳して気づく(東京都 上野智子)>
文字踏むなご飯残すなそれのみを躾とし母に絵本を贈る中津市 瀬口美子)>
佐佐木幸綱選: 上野さんも勤め人だったのですね。一月働いて、給料を振り込まれるのは嬉しいことでした。私もサラリーマンを四十年やりました。瀬口さん、「文字踏むな」というお母様の躾はほんものです。私も本棚はない、ぼろぼろの国語辞典が一冊しかない家に育ちました。ただ、「新聞を踏んではいけない」、つまり「文字を踏んではいけない」と親に言われて育ちました。高等小学校しかでてない親でしたが「活字」への畏敬の心を教えてくれました。

<へこんでる姉を元気にするためにトマトソースで書くドラエモン(富山市 松田わこ)⇒高野公彦、永田和宏、馬場あき子さんの三選。富山県の松田わこ、松田莉子さん姉妹の妹さんかな。毎週のように選ばれている。上手い歌なんだけど、だから何。チョット爺さんはうますぎる歌が嫌になってきた。

<弟の「のらねこノート」があるらしい色々入った引き出しの奥(奈良市 山添 葵)>⇒
 高野公彦、永田和宏、馬場あき子さんの三選。 これも奈良市の山添兄弟の兄の歌か?

<大好きな六年生のはっちゃんのそつぎょうしきにいきたかったな(ならし やまぞえそうすけ)>⇒ 高野公彦、馬場あき子さんの共選:これも奈良市のやまぞえさんだ。小学生だろうか。上手すぎる。でも、これを何回も選ばなくてもいいのではないか。

 以上を読んで、本日は、上田結香さんの下記の歌を選んだ。

 「暴言は病気が言わせているのならそれも含めて病気は悲しい」

 高次脳機能障害という病がある。普通は言ってはいけない言葉を言ってしまうとしたら、それはそれで悲しい。

『方丈記』って知ってるかい―面白いんだ!

 『方丈記』は超有名な日本の古典だ。高校生のときに古文の勉強で解説付きでよんだことが多分ある。「方丈」ってのは小さな小屋のイメージである。鴨長明ってひとが比較的に若くして隠居するため都のどこか外れに住んだんだ。そこで世の中を眺望しながら「世の中は絶えず変わっていくようだが、あんまり変わんないみたい。なべて嗚呼無常だな」ってくらいの感じの日記(エッセイ)だと理解していた。
 たしか1984年頃、「週刊医学界新聞」の記者をしていた時に、英国の科学雑誌「Nature」の東京支局が本郷にできた。その最初の支局長(っていっても一人きり)というか特派員として、Alun Anderson(アンダーソン)さんがやってきた。この人はもともとは、動物行動学の研究者で京都大学日高敏隆教室に留学していたこともあった。それで、日本語も読めて話せて、まだ30歳代後半の好青年だった。このアンダーソンが生意気にも(生意気ではないか)「方丈記」を読んでいた。彼は面白いって言っていた。外国人のアンダーソンが読んでいるのに俺が読まない手はない。本棚から講談社文庫『方丈記』(川瀬一馬 校注 現代語訳)を引っ張り出して読んだ。
 さて、昨日、高橋源一郎訳『方丈記』を稲城図書館から借りてきて読んだ。池澤夏樹編集「日本文学全集」の一つ、「枕草子酒井順子訳)」「徒然草(内田 樹訳)」と一緒に入っている。池澤さんが古典日本文学の翻訳者を選出したのだろうか? 頼む方もたのむほうだが、受ける方もうけるほうだね。選定の妙に感じいる。

方丈記 モバイル・ハウス・ダイアリーズ」
 ったく、絶妙な翻訳だね。各章(タイトル)にもカタカナ「川がそこに流れている」っていうわけだね。冒頭の翻訳はこうだ。
 <あっ。歩いていたのに、なんだか急に立ち止まって、川をみたくなった。川が流れている。そこでは、いつも変わらず、水が流れているように見える。けれども、同じ水が流れているわけではないのだ。あたりまえだけど。>

 <行く川のながれは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる例なし。>

 下のほうが、長明の原文だけど 「4 メトロポリス」と訳している。全くポストモダンの高橋さんだからできる意訳だね。
「また、治承四年水無月のころ、にはかに都遷りはべりき。いと、思ひの外なりしことなり。おほかた、この京の始めを聞けることは、嵯峨の天皇の御時、都と定まりにける後、既に四百余歳を経たり。ことなる故なくて、たやすく改まるべくもあらねば、これを世の人、安からず憂へあへる、実に理にもすぎたり。」
 高橋さんが訳すと、こうだ。
「同じ1180年。夏も盛りを過ぎたころのことだ。突然「首都移転」が発表されたのだ。これには、みんなびっくりした。だいたい、わたしたちが住んでいたキョウトは、サガ天皇の時代に首都に決まったのだ。それから400年近くたって、それが当たり前になっていた。なのに、はっきいりした説明もなくいきなり「首都を移転しますよ!」だ。それでは、だれだって不安になるし、文句のひとつもいいたくなる。」
 福原遷都は、なんと400年振りだったんだ。それは驚くよね。江戸1600年代から400年で2000年の21世紀の現代に至っていることを思うとよくわかるよね。
 「一二 閑居の気味」が、高橋さんいかかると、「12 アー・ユー・ロンサム・トゥナイト?」となってしまう。

 ま、こんなグワイで、長明さんの「方丈記」は、今から900年くらい前にかかれたエッセイなんだが、今でも十分に面白く読めるんだな。日本の文学って結構面白く読み応えがる。

 

気になる「言葉」を見つけた―「文学」という学問があり

 親しい友人は次々とこの世を去った。合気道の仲間で親しくなったS君は、十五年くらい前に死んでしまった。職場の先輩、上司、同僚も60歳を少し超えたばかりでなくなった人が多い。わたしを圧迫した上司も定年後まもなくして去っていった。「あれは何だったのか」というように恩讐の彼方に去っていく。
 こうした中でわたしには、本を読む時間が与えられたのだ。読んで読んで、歩いて歩いて行くしかないようだ。そのなかで、書きたいことが生まれてくるかもしれない。昨日から、保坂和志さんの「書きあぐねている人のための小説入門」(草思社)を読んでいる。

私たちの言葉や美意識、価値観をつくっているのは、文学と哲学と自然科学だ。その三つはどれも必要なものだけれ、どれが根本かといえば、文学だと思う。私たちは「美しい」や「醜い」などの言葉を当たり前のように使っているが、これらの言葉はすべて文学が作り出し、そして文学によって保障された価値だからだ。
 ふだん人がしゃべっている言葉を根底で保証するのが小説家の仕事―小説を書こうと思っている人は、はったりでもいいから、そういう自負を持ってほしいと私は思う。>

 上記の保坂さんの本の、「第1章 小説を書くということ―感じ、そして考えること」の最後のパラグラフから腑に落ちて、感銘した部分を書き出してみた。
 私は文学部を卒業して、医学系出版に職を得て、医学書の販売、医学界新聞の記者、医学雑誌の編集者として、43年くらいを過ごして生きてきた。医学の分野で,医師とつきあってきたので、自然科学としての医学を価値観のトップに置いて考える癖がついてきた。「どれが根本かといえば、文学だと思う」。保坂さんの文章に実はわたしは深い感銘を受けている。「文学が一番なんだ」ということが、何故か嬉しい気がする。なんのとりえもない私が文学を読めるということが、どれほどの幸せなのかを噛みしめ始めている。

気になる本と著者のことー曽野綾子さんと堀江貴文さん

 読みたい気になる本の広告が出ていた。買ってまでは読みたくない。何れもポプラ社からだ。
 1つは、『一人なら、それでいいじゃない』という曽野綾子さんの本だ。「孤独を愉しみ、最期まで穏やかな笑顔で生きるための137の教え」というキャチフレーズがついていた。

 曾野綾子さんは、夫の三浦朱門さんを見送ってから一人で楽しく暮らしているようだ。もう85歳をこえているだろうか。出版社も曽野さんにもう書かせなかくてもよいだろうと思う。だが、曽野さんは書き続けるのが生き甲斐なんだろう。凄い女性だ。
 2つ目は、『死なないように稼ぐ―生き残るビジネスと人材』という堀江貴文さんの本だ。「誰もが変化に適応することを強制される時代が来た。でも、僕たちはやれる。今すぐ実践できるノウハウを大公開!」というキャッチ・フレーズが付いてある。堀江さんの、自伝的な一冊の本「我が闘争」を少し前に読んだ。九州の片田舎の高校から一念発起して現役で東大に合格した。合格したが、授業には殆ど出ずに大学寮でマージャンに明け暮れていた。途中からパソコン業界でアルバイトで働き始め、後に起業してからのことは周知である。堀江さんは天才といえる。資本主義社会だから、投資は合法な生き方の選択であるが、「正業」ではないだろう。普通の平凡人は、堀江さんの本を読んでも、「俺にも投資ができる」と思うのは如何かと思う。興味があるので、稲城図書館で借りて読もう。

まん延防止(新型コロナウイルス対策)が神奈川にもでた

 新型コロナウイルスのまん延の拡大が止まらない。変異株が多くなっているようだ。本日(4月17日)は土曜日で、本来なら合気道の稽古の日だが、自粛のために稽古を中止している。マスクをして近隣の散歩と木刀の素振りで健康維持を模索している。昨年の4月の新緑の始まった頃も、第一回目の緊急事態宣言の中にあった。一年後には収束しているのではないかと期待もあった。しかし、収束の兆しは見られない。ここで、記憶と記録と自戒のために現状を纏めておきたい。

 ■まん延防止 埼玉・千葉・神奈川・愛知の4県を追加ー4月20日から■
 政府は4月6日の「新型ウイルス感染症対策本部」で、埼玉・千葉・神奈川の首都圏3県と、愛知県について、「緊急事態宣言」に準じる「まん延防止等重点措置」の適用を決めた。期間は、4月20日から5月11日までの22日間である。
 重点措置の適用は、合計10都道府県に拡がったことになる。4月5日から大阪、兵庫、宮城の3府県で初適用。12日からは東京、京都、沖縄の3都府県も加わった。重点措置は、緊急事態宣言の目安となる感染症状況が最も深刻な指標「ステージ4」(感染爆発)のを避けるための予防措置である。
 ■適用自治体と独自対策■
 埼玉:さいたま市川口市
  感染防止対策を徹底する。高齢者施設の認証制度の新設。
 千葉:市川市船橋市松戸市柏市浦安市
  県内全域で飲食を主とする店でのカラオケ利用自粛を要請する。
 神奈川:横浜市川崎市相模原市
  県内全域で会話時のマスク着用を呼びかける飲食店の認証制度の新設。
 愛知:名古屋市
  県内全域で店舗でのカラオケ利用自粛を要請する。
 ■変異株の拡がりに危機感■
 対策本部に先だって開かれた専門家による「基本的対処方針分科会」では、変異株の拡がりに強い危機感が示された。西村泰稔経済再生相は、「5月に首都圏、関西圏、中京圏でいずれもほぼ変異株に置き換わるという予測がある」と述べた。分科会では、大阪府への緊急事態宣言の必要性を指摘する意見のほか、奈良県と福岡県の感染状況に厳しい見方がでたという。

 ■国内感染ー3日連続で4千人超■
 新型コロナウイルスの国内感染者数が、4月16日の午後20時現在で、新たに4532人が確認された。4千人を上回るのは3日連続だ。死者は計46人。このうちで、大阪府が16人を占め、2月17日以来、約2ヶ月振りに1日あたりの死者が10人を上回った。
 感染者数は、「まん延防止等重点措置」が適用されている6都府県のうちで、大阪府が1209人で4日連続して1千人を超えた。兵庫県も510人で過去最多だった。東京都は667人。新たに重点措置の適用が決まった4県は愛知県と神奈川県で3日連続して200人を超えた。
 ■新型コロナウイルス感染者数ー累計

(1)国内:52万6285人(+4532人)、死者9592人(+46人)
(2)世界:1億3912万305人(+83万6030人)、死者 298万6951人(+1万3772人)
  


 

フレイルって何だ?

 本日も1万三千歩を歩いてきた。午後14時20分に出発して、ひたすら西に向かって歩いた。西に行くと「東光寺」というお寺があり、そこに千手観音像がそびえている。帰宅したのは17時30分頃なので、2時間余りの散策であった。帰宅して、15分位の休憩をとってから恒例の木刀振りを行った。木刀振りは、最初に腕回しをした後で、1クール21回を間に、アキレス腱伸ばし21回、踵落とし41回、スクワット31回、足振りと首まわしを挟んで行う。これで、木刀は左右とも百五回となる。これを合気道の稽古の無い日には励行する。日曜日も休まない。ただ、とくに疲労感がある日は回数を減らしたりするが原則として毎日実行する。これにより体重59~61キロ、体脂肪11~13%、HbA1c7.1が維持される。まるで健康志向そのものである。これも今までの病歴を考えると致し方のない生きざまである。このようにしていても風呂に入って自らの脹脛をみると筋肉が細くなってきているのを痛感する。

 最近、フレイルまたサルコペニアという言葉をよく聞く。齢をとって筋肉が減って身体能力がおちてくることと理解している。ネットで調べてみた。

 ■フレイルとサルコペニア
 フレイルとは、加齢により心身が老い衰えた状態。シニアの低栄養やサルコペニアを起因として疲労、活力低下、筋力低下から身体機能の低下、活動の低下につながっていく。
 サルコペニアとは、加齢や疾患により筋肉量が減少することで、全身の筋力低下、身体機能が低下することだと言う。診断基準があるのだという。

 フレイルが出くる前には廃用症候群という言葉がでてきた。英語「Disused Syndrome」を日本語にしたものだ。要するに、使わないと駄目になる、ということだ。宇宙飛行士が長期間にわたり無重力の宇宙に滞在して帰還すると歩けなくなっている。かなり長期間のリハビリテーションしないと身体能力がもとに戻らない。
 動物とは「うごくもの」であり、常に動いて重力に対抗していないと、身体が動けなくなるのである。ということで74歳の爺さんは、今日はも歩いて、木刀を振り、本を読み、「小説とはなにか?」と頭を使いながら、このブログを書いている。