中村屋サロン美術館訪問記

 新宿中村屋でランチにインドカレーを食べた。これは全くの偶然だった。本日は大学時代の友人のRB君と明治神宮前で会って明治明治神宮散歩の後で原宿界隈で昼食の予定でいた。ところが待ち合わせの場所で会うことができずに新宿に移動した。RB君が待ち合わせ場所を新宿と勘違いして会うことができなかった。地下鉄丸の内線とJR新宿駅の区別がRB君ができなくなってしまったのだ。地下鉄丸の内線の西口から東口に至る地下通路を2回くらい往復した。中村屋の前を通るとインドカレーの宣伝を行っていた。結局、RB君と会うことができずに一人で昼食となった。中村屋に戻って一人でインドカレーを食べた。インドドライカレー1600円だった。美味であった。しかし、ほろ苦い味だった。食事の後で同じビルの3階に「中村屋サロン美術館」があったので見に行った。
 中村屋の創業者 相馬愛蔵と・黒光夫妻は芸術・文化に深い理解を示した。既にこのブログで、相馬国光さんの自伝「黙移」については触れた。相馬愛蔵・黒光夫妻は、愛蔵と同郷の彫刻家荻原守衛(碌山)や荻原を慕う若き芸術家を支援した。中村屋には碌山のほかに、中村つねや鶴田吾郎などの日本人のが画家だけでなく、亡命印度人のボース、盲目のロシアの詩人エロシェンコらが滞在した。相馬愛蔵・黒光夫妻はボースを守るために長女俊子とボースを結婚させた。もちろん俊子の意思を尊重しての結婚であったが俊子はボースのこどもを二人産んで26歳で早世している。中村つねと鶴田吾郎はエロシェンコをモデルにして肖像画を同時に描いた。二人の個性を如実に表現したエロシェンコ像は二つとも後世に残る名作となった。今回サロン美術館には、鶴田吾郎のエロシェンコ像、中村つねの俊子を描いた小女や、荻原守衛の彫刻「女」も展示されていた。守衛(碌山)は、黒光の後ろ盾を得て画家から彫刻家になったのだが、一方、黒光への愛に懊悩したしたことが傑作「女」に具現されているのだという。

 偶然とはいえ本日は、「中村屋サロン美術館」観賞を楽しんだ。おまけに、宇佐美承さんが、「新宿中村屋 相馬黒光」という本を書いていることも知った。この本も読んでみたい。今日はRB君に会えなかったが、「「中村屋サロン」を知って有意義だった。新宿西口もコロナウイルス禍のためか人が少なかった。

 

 

 

私の「医人」たちの肖像―(132) 河盛隆造さんと「2021年はインスリン発見100周年」と私の糖尿病

 情報誌「あいみっく」の41巻3号(2020年)が送られてきた。この雑誌の連載シリーズ「21世紀の健康とは?」の第8回に河盛隆造さん(順天堂大学名誉教授)が興味深い記事を書いていた。テーマは、「ありふれた糖尿病にどのように対処する?―糖尿病治療のめざすこと」というタイトルだ。上記のなかで、河盛さんが「2021年はインスリン発見の100周年」に触れていた。これを読んで、急遽、河盛隆造さんを私のシリーズブログ<私の「医人」たちの肖像>の第132回に取り上げることにした。

 ■ありふれた糖尿病にどのように対処する?■
 「ありふれた糖尿病」ってなんだろうか?私の2型糖尿病は「ありふれた糖尿病」なんだろうか?多分そうなんだと思う。私はC型肝炎の経過観察で1998年から消化器内科を受診し始めた。その経過観察と毎年の健診で血糖値及びHbA1cの高値を指摘された。そのため、2006年4月から並行して糖尿病代謝内科を受診し始めた。初めの5年間くらいは食事療法と運動療法で経過をみてきた。同時に血圧も高いことが判明し、2010年頃から、血糖値をさげるためにグリミクロン、血圧管理ためにブロプレスの服薬を開始した。爾来、10年が経過している。これは、「ありふれた糖尿病」なのか、「立派な糖尿病」なのか分からない。多分、後者であろう。2016年~2018年にかけて、C型肝炎の治療のために内服薬を、その都度12週間にわたって服薬した。そのあいだは、禁酒あるいは節酒し、食事にも十分に気を付けていた。今から考えると、C型肝炎治療が糖尿病の管理にもなっていたのだと思う。なぜ、その時に気がつかなかったのだろう。

 さて、河盛さんが上記の連載の中で次のように書いている。
 <生活習慣病の0次予防とは、発症のリスクを減らす生活習慣を継続することであり、1次予防は生活習慣病を診断されるや否や、直ちに「発症前の状況に戻す」ことを、めざすべき、と捉えています。・・・・私どもは毎日300ℊ-800gのブドウ糖を全身が活用して生活しているのです。そのブドウ糖が臓器で的確に利用されないために、血液中にだぶついている状況を「血糖値が高い」と捉えているのです。糖尿病の治療のめざすことは、脳、肝、筋などに十分量のブドウ糖を利用させ、これら臓器の機能を維持することなのです。>

 上のような河盛さんの解説を読むと、糖尿病の成り立ちがよくわかる。私の糖尿病の発症は55~56歳頃の食生活と多忙な日常生活にある。当時は、毎晩のアルコール摂取に加え一日に4回の食事をすることが多々あった。

 ■「糖尿病」を正しく理解してもらおう■
 この項目で、河盛さんは興味深い事例を紹介していた。引用する。
 <患者A:昨年の75㎏から糖質制限食にして2㎏減量できたんです。ところがHbA1cが、6.2%から6.8%に増えているのです。」

 河盛:でも、肝臓の脂肪蓄積を反映するAST、ALTは共に20,23から45,58に増えていますね。
 患者A:糖質制限で痩せたのになぜですか?
 河盛:脳や筋肉など全身組織はブドウ糖をエネルギー源として活動しているのです。その量、あなたなら1日500ℊ以上にもなります。そのせめて60%は炭水化物から補充しなければんzりません。糖質を制限すると、ついつい脂肪を多く摂取せざるを得なくなりますし、筋は自らの大切なタンパクを分解し、ブドウ糖を作らざるをえないので、筋量も筋力も落ちてきます。そうなっていませんか。」>

 そういうメカニズムなのか。納得がいった。気軽に糖質制限は危険だということだ。河盛さんは食事について次のように書いている。

<・・・糖尿病の方にとって、食べていけないものは何もありません。3回の食事で、何もかもバランスよく、適量を美味しく味わって食べ、間食を控えてください。パンなら一枚、お米はお茶碗に一杯、うどんやそばなら1人前を必ず三度摂ってください。そして何よりも脂肪を減らしましょう。脂まみれのラーマメンは止めましょう。・・・・さらに食事の最初に野菜サラダなどを多く摂り、よく噛んでゆっくり食事を楽しみましょう。・・・・・>

 なるほど、食事療法の要がわかった。以前、C型肝炎の飲み薬を飲んでいる時には、アルコールを禁止したので、食事時に流し込むということをせずに、ゆっくりとよく噛んで食べていた。それと、食事は朝7時、昼12時、夜7時と決まっている。そして、夜21時過ぎには固形物を一切食べなかった。これが、糖尿病にとっても食事療法になっていたのだ。

 ■2021年はインスリン発見100周年■
 カナダの整形外科医フレデリック・バンティング(Frederick Banting)と医学生チャールズ・ベスト(Charles Best)が、研究室でインスリンの抽出に成功したのが、1921年であった。翌、1922年1月11日、当時14歳であった一型の糖尿病患者に世界で初めてのインスリン投与が、カナダのトロント総合病院で行われた。1923年にバンティングはマクラウドとと共に、インスリン発見の業績でノーベル生理学・医学賞を受賞した。バンティングは、マクラウドよりもベストの方が貢献が大きいとノーベル賞の賞金をベストと分けた。これを受けて、マクラウドも共同研究をした化学者コリップと賞金を分けた。ノーベル賞はいかにも人間臭い賞であると思う。

 2型糖尿病の治療の目的は■
 <内因性インスリン分泌を保持し続けること!・・・・軽度であれ高血糖状態を放置しておくと、インスリン分泌の低下が顕著となり、取り返しのつかない状況に陥いってしまうことの機序の細胞・分子レベルの証明が河盛研究室などから、なされている。>

 ■”糖の流れ”の制御因子は?■
 <”血糖値”が高いのは、全身細胞でブドウ糖が有効利用されないため、血管内にブドウ糖がだぶついていることを示す。全身細胞内でエネルギー源であるブドウ糖が欠乏した状況が続くことが、糖尿病を放置すべきでない根拠の一つと考えている。>
<・・・糖尿病の治療方針は、ブドウ糖を体内で有効利用できるようにインスリン分泌を高め、それを介して膵β細胞グルカゴン分泌を制御する、さらに全身細胞でのインスリンの働きを良くすることに尽きるのではなかろうか。・・・>
 上記の説明を、私の糖尿病に当てはめてみる。ここ7~8年は、高血糖およびHbA1cは、7~8位を推移している。2020年2月4日に、8.3と高値であった。2月~5月に、毎日の散歩(1万歩)を心がけてきた。その結果、5月から8月へ、7.5⇒7.3⇒7.0と下がってきた。次回、11月10日の結果がどうなうのか?

 ■食後高血糖制御方法は
 食後の高血糖を制御する食事の方法が重要となる。
 <①食事摂取後、肝へのブドウ糖流入を緩やかにする。:具体的には、食物繊維の多いものから摂取して、ゆっくり食事をとる。果汁などの単純糖質を控える、αグルコシダーゼ阻害薬を食前に服用し(何これ?)、炭水化物の消化・吸収を遅延させ、遅れて分泌されてくるインスリンとマッチさせる。②肝でのインスリンの働きを高める:脂肪肝を改善すべく脂肪摂取をを控える、③肝へのインスリン流入を瞬時に高める:内因性インスリン分泌を保持し、大切にする、必要であればグリニド、SU薬によりインスリン分泌を高める、④肝へのブドウ糖流入時に、門脈-肝静脈のブドウ糖勾配を大とする:昼食、夕食前の血糖値を十分低下させておくために間食を禁止する。・・・近年、今までの制御因子に、⑤グルカゴン分泌を制御すること、⑥流入したグルカゴンの肝での作用をブロックすることが、制御因子に加わってきた。>
 上記の説明は分るのだが、実践するのは難しい。私にできることは、①ゆっくりと食事する、②間食を止める、くらいだろうか。
 最後に、河盛さんが、「まとめ」として、こう述べている。
 <このような、治療法が奏功するのは、たとえ少なめでもあれ膵からのインスリン分泌が保持されていることが必須である。すなわち、内因性インスリン分泌を保持することこそが、安定した血糖応答を維持して、血管障害を進展させないために求められる事であろう。>

 ■間食、隠れ酒のみを止めよ■
 説明がよくわかった。私の糖尿病は、多分、辛うじて内因性インスリンが保持されている状態だと思う。間食で煎餅や飴をなめる事、お酒の隠れ飲みを止めることが大事である。アルコールをなるべくやめてゆっくり食べる。それに尽きるようだ。
 私が医学領域の週刊医学界新聞の記者になったのが1981年であった。その頃、インスリン発見の60周年の特集を掲載した記憶がある。その頃、河盛さんは大阪大学の講師であった。数年後に、順天堂大学の糖尿病内科の教授に就任された。今日は、河盛さんのお名前に接し、糖尿病について記した。河盛さんは現役の医師ととしてご活躍だ。

 

 

 

 

「ヒトチャレンジ」治験とはなんだ?

 きわめて興味深い記事を読んだ(2020年10月21日,朝日新聞)。
 「わざとコロナ感染治験へ 英が計画 ワクチン開発加速狙い」という見出しが目を惹いた。ロンドンから下司佳代子さんという記者の外信だ。記憶と記録のために概要をまとめておきたい。

 <新型コロナウイルスのワクチン開発を加速させるため、英国政府は10月20日、健康な若者を意図的にウイルスにさらし、ワクチンの効果を調べる特殊な治験を、来年1月にも始める計画を明らかにした。ワクチンの効果を効率的に調べられる反面、被験者が重症化するリスクもあり、慎重な運用が求められそうだ。この治験は、「ヒトチャレンジ」治験と呼ばれ、インペリアル・カレッジ・ロンドンや治験を専門とする企業などが連携して実施し、英政府が3360万ポンド(約46億円)を出資する。>
 <世界保健機構(WHO)によると、新型コロナウイルスでは200種類近いワクチンの開発が進んでいる。どのワクチンがこの治験の対象になるのkは明らかではない、という。>
 新聞から概要を記録した。続報を待ちたい。

 さて、新型コロナウイルスの感染拡大はさらに進んでいる。世界の感染者は、4040万3799人を数える。国内の感染者数も、9万4132人と増大しており、10月中には10万人を超えるようだ。
 新型コロナウイルに対しては、ワクチン開発だけでなく治療薬の開発も進んでいる。先に、新型コロナウイルス感染から早期に復帰したアメリカのトランプ大統領は、「抗体治療薬」を使ったのだという。キーワードとして、「抗体治療薬」にも注目していきたい。

曽野綾子さんの書いた『人は皆、土に還る』(祥伝社)を読みながら思うこと!

 曽野綾子さんの書いた『人は皆、土に還る』(祥伝社)を読んでいる。
 今日の新聞広告に、『我々は、みな孤独である』(貴志祐介 角川春樹事務所刊)が載っていた。読んでみたいが、読むかどうかは分からない。この本はミステリーのようだ。ミステリーの類あはあまり読まない。五木寛之さんが、「あなたは孤独ですか。孤独ならあなたの老後は豊かに過ごせます」というような励ましの言葉を何処かの本(確か『孤独のすすめ』)で書いていた。このような本を読むと私は元気づけられる。

 さて、曽野綾子さんのほんが好きでよく読んでいる。強い方である。このつよいは、「勁い」の文字があてはまるかと思う。そのほか、瀬戸内寂聴さん、佐藤愛子さんの書くもの(エッセー)もよく読むが、実に勁くしなやかに生きている。
 曽野さんに戻ると、夫の三浦朱門さんが亡くなった後で、『夫の後始末』(講談社)を2017年10月に出している。それにしても、よくも付けたタイトルではないか。この本は「週刊現代」の連載を単行本にするときに、多分、編集者が付けたのだろう。よく売れたようだ。私も買って読んだ。タイトルは、センセーショナルだが、中身は「認知症になった夫の老後を世話して見送った介護記録」のエッセーなのである。「モノはどんどすてれればいい」「奉仕とは排泄物をせわすること」、等々の項目を読めば、この本が「後始末」ではなくて「お見送り」の本だとわかる。つい最近(2020年)『続・夫の後始末』という本を出したらしい。さすがに、出版社が売りたがっているのが嫌で読んでいない。
 さて、今回の『人は皆、土に還る』も曽野さんの「私はこうして元気で生きています」というエッセー集である。これは、2015年5月~2016年7月まで「小説ノン」に連載したものの単行本かであるらしい。三浦朱門さんがなくなったのは、2017年2月3日であるから、曽野さんは夫の三浦さんの世話をしながら、この連載の原稿を書いていたのであろう。多分、書くことで元気をもらうのが作家という職業人なのだろう。

 

私の「医人」たちの肖像―(131)清水将之さんと座談会「世界精神保健連盟1993年世界会議」

(131) 私の「医人」たちの肖像― 清水将之さんと座談会「世界精神保健連盟1993年世界会議」

 

  • 1993年2月20日(土):

   1993年2月20日(土)は、東京・本郷のI書院会議室で、午前10時から12時まで、「世界精神保健会議」に向けての座談会を収録した。休日なのでKI君と私が担当した。この企画は数年前に、「児童青年精神医学会議」が京都で開かれた折に知己を得た清水将之先生(名古屋市立大学助教授・精神医学)からの持ち込み企画であった。

   ■世界精神保健連盟1993年世界会議■

   1993年8月23日~27日まで千葉・幕張メッセで「21世紀をめざしての精神保健―テクノロジーと文化そしてクオリティ・オブ・ライフ」をメインテーマとする世界精神保健連盟1993年世界会議(1993 World Congress of World Federation for Mental Health)が予定されていた。座談会は上記世界会議の広報のためだ。そのため、同会議広報副委員委員長の清水さんの他に、組織委員会委員長の島薗安雄(国立精神神経センター名誉総長)と会議のプログラム委員長(京都府医大名誉教授)のお二人に参加いただいた。

当日の座談会の構成は以下のようなものだった。

【テーマ】世界精神保健連盟世界会議(WFMH)に向けて

1.序言として:精神保健という言葉の拡がり:

(1)テクノストレスをめぐって:①ハイテクノロジー(システム技術者等)のストレス、②省力化と労働条件における人間疎外、③労務管理の新しい課題、時短をゆとりで補うことができるのか―日本人の遊び下手とも関連して

(2)精神障害者リハビリテーションと人権:①入院治療から入院外治療への変換、②リハビリ施設と制度の現況、地域ネットワーク、③社会経済とリハビリテーション、④社会復帰過程における人権保障

(3)物質依存―アルコール問題を中心として:①現況、②依存の背景―時代精神の歪み、社会病理の側面、③対策はどうなっているか、④女性とアルコール

(4)ユーザー活動:①世界と日本の動向、②ユーザー活動に対してわれわれは何ができるか。

2.結語として―今後の課題

(1)難民問題への援助、

(2)文化接触・摩擦の乗り越え(帰国子女の問題も含めて)、

(3)高齢化、少産時代の精神保健。

   この折の収録内容は、医学界新聞第2050号に、「世界精神保健連盟1993年世界会議への招待」というタイトルで紹介した。

   ■「精神保健とは何か?■

  「精神保健」は、メンタル・ヘルス(Mental Health)で、人々の精神的健康を対象とする学問と実践活動を意味する。具体的には、精神的健康の保持・増進を図るほか精神的健康障害の予防と健康回復、精神障害の予防と健康回復、精神障害の治療およびリハビリテーションを目的とするものである。

「精神保健」の内実は、1993年当時から27年を経た現在どのように進展あるいは変化しているのだろうか。21世紀になって20年、精神保健の現状は、新型コロナウイルス感染の登場も加味して却って困難に直面しているのではないだろうか。ここ数年、働きかた改革が喧伝されたが職場のストレスも含めて改善されているのだろうか。直近のテレワークの導入もある面では新たなストレスになっているのに違いない。物質依存については、アルコールや大麻などの薬物依存に加えて性(セックス)依存なども喧伝されている。性の多様性(LGBT)を社会として容認し、尊重しようとする動きは近年のプラスの成果であろう。団塊の世代が高齢者になった現在、高齢化社会の進行と認知症の増加は新たに、さまざま精神保健の問題を提起していると言えるだろう。

  今日は、古い資料を紐解きながら「精神保健」に触れた。ところで、清水さんは1934年3月31日生まれで、86歳でご健在のようだ。清水将之さんには、今回紹介した座談会や国際児童精神医学会(京都開催)の取材でお世話になった。忘れ得ぬ「医人」のお一人なので、臆面もなく私の「医人」たちの肖像に取り上げさせていただいた。

(2020.10.19)

(私の「医人」たちの肖像―〔130〕 清水将之さんと座談会「世界精神保健連盟1993年世界会議」)

ゲノム編集「生命科学の三大発明」の一つ

 今年のノーベル化学賞が、ゲノム編集に決まったことは既に触れた。受賞に輝いたのは二人の女性科学者だ。まさに、リケジョの快挙だ。ゲノム編集は、生命の情報を自由に書き換える画期的な技術で、「現代の生命科学における三大発明のひとつだ」と福岡伸一さんは言っている、と新聞に書いてあった。(2020年10月8日 朝日新聞)遺伝子を操る技術なので、これを使うには倫理面や安全性の検討が欠かせないのは当然のことだ。中国の科学者が、この技術を使ってエイズウイルスに感染しにくい赤ちゃんを誕生させて世界の批判を受けたのはつい2年前2018年の秋だった。
 以下、上記の新聞から引用しながら、記憶と記録にしたい。

科学史を振り返ってみると、「三大発明」というものがありました。ルネッサンス時期の活版印刷、火薬、羅針盤で、世界に革命をもたらしました。では、現代における三大発明は何か。私(福岡さん)が考えるには、一つは新型コロナウイルスの検査で活躍しているPCR法。二つ目は画期的ながん免疫治療薬「オプジーボ」に代表される「モノクローナル抗体」。もう一つが今回の授賞対象になった「ゲノム編集」です。>

 

 ■遺伝子工学関連の主なノーべル賞
 1962年受賞(医学) DNA二重らせん構造の発見 1954年(ワトソン・クリック)
 1978年受賞(医学) 制限酵素の発見 1968年(ネーサンズ、アーバー、スミス)
 1980年受賞(化学) 核酸塩基配列の決定方法 1977年(サンガー、ギルバート)
 1993年受賞(化学) DNA増幅方法 1983年(キャリー・マリス)
 2007年受賞(医学) ES細胞を用いた遺伝子操作マウスの開発 カペッキ、スミシーズ、エヴァンス。


 
 

私の「医人」たちの肖像―( 130) 西岡久壽彌さんとインタビュー「第8回国際肝炎・肝疾患国際会議開催に向けて」

(130) 私の「医人」たちの肖像― 西岡久壽彌さんとインタビュー「第8回国際肝炎・肝疾患国際会議開催に向けて」

 

 C型炎ウイルスの発見が2020年のノーベル生理学医学賞に決まったことは既に触れた。B型肝炎ウイルス研究(オーストラリア抗原の発見)で、Blumbergがノーベル賞を受賞したのは今から44年前の1976年だった。この間の肝炎ウイル研究の進展は目覚ましいが、44年の曲折を経過したともいえる。C型肝炎ウイルスHCV)については、「私のC型肝炎ウイルス物語」でもかなり詳細に経過を追ってきた。今回、C型肝炎ウイルスの発見がノーベル賞に決定とのニュースに接し、古い記憶が蘇ってきた。

 1993年5月10~14日に東京で開かれた第8回国際肝炎・肝疾患国際会議の折に、私は受賞者のマイケル・ホートン、ハ―ベイ・オルターさんの講演を聞いたことがあった。

  • 1993年2月1日(月曜日):

 この日の午後から西岡久壽彌先生(日赤中央血液センター・技術顧問)を広尾の日赤中央血液センターに訪問して、インタビューをした。テーマは、5月開催予定の「第8回肝炎国際会議に向けて」という内容だった。以下のような、内容でお話を伺った。

 ①ウイルス肝炎・肝疾患会議とは?―この会議の歴史と目的、②会議の主要テーマは-トピックスと海外からの参加者について、③C型肝炎対策―最近の展開 : 肝癌との関係、血液対策、4. その後のウイルス疾患の動向―とくに日本のAIDS対策は。

 このインタビューは、医学界新聞第2038号に掲載した。バックナンバーが手元にあったので、興味深い部分を再掲しておきたい。

 ■第三世代のウイルス学に期待

 冒頭のリードは次のようだ。

 <ウイルス肝炎、とりわけC型肝炎HCV)に関する研究の最近の進歩は目覚ましい。HCV抗体を用いた診断はもとより、インターフェロン(IF)による治療、その適応、容量と使用法の研究が進められている。こんな中、ウイルス肝炎のAからEまでの基礎・臨床・疫学に至る各分野の専門家が一堂に会して、日進月歩の成果を交換する場としての第8回国際肝炎・肝疾患会議が、きた5月10-14日の5日間に亘って、浦安市シェラトン・グランデ東京ベイホテルで開かれる。そこで、本号ではアジア地域で初めて開かれる同会議の西岡久壽彌組織委員会会長に会議の概要、参加者のプロフィール、メイントッピックス等々について伺った。>
 この国際会議は1972年から3年に一度の頻度で開かれており、会議の終了後に、“Proceedings of the International Symposium on Viral Hepatitis and Liver Disease”というタイトルで米国の出版社(Williams Wilkins”から出版されていた。会議はそれまで、アメリカやヨーロッパで開かれており、肝疾患の患者の多いアジアでの開催は初めてであった。今も続いているのだろうか。
 以下に、興味深い部分を引用しておきたい。

 ■HCVウイル研究の先駆者も来日

 <―肝疾患研究について、最近2~3年のトッピクスは何といっても、C型肝炎ウイルスHCV)の研究だと思いますが・・・。

 西岡 C型肝炎については、今度の会議のメインテーマの一つになるでしょう。HCVの基礎的な研究は、ちょうど今、第三世代のウイルス学と言えると思います。昔の古典的な組織培養や、動物実験による研究を第一世代とすると、免疫反応を使うことによってB型肝炎などがちゃんとわかってきたというのが第二世代のウイルス学なのです。そいうことで病原体がはっきとわかって、対策がすすめられるようになった。さらに、C型肝炎の研究においては、古典的なウイルス学、免疫反応で攻めきれなかったものが、遺伝子工学を導入することで診断方法が確立されて、きちんとその対策ができるようになった。それが第三世代のウイルス学と言えると思います。・・・・とくに、今日、第三世代のウイルス学の方法が、どんどん進められるだろうという時代になって、今やウイルスは大きな動く遺伝子というふうに解釈すべき時代になっています。>

 <―プログラムを拝見しましたが、B型肝炎のBlumberg, C型肝炎のDr. Houghton など有名な方々がたくさん来られますね。

 西岡 メインゲストを紹介しますと、まずBlumberg, Krugmanお二人は日本の大河内一男先生とともにウイルス肝炎創始者のような方ですね。オーストラリア抗原の発見でノーベル賞を受けたBlumbergは、ご存じでしょうが、フィラデルフィアのフォックス・チェースから小和田雅子さんの留学していたオックスフォードのベリオール・カレッジの学長になっています。ウイルス肝炎の臨床像を初めて発見され、日米医学に貢献されたKrugaman さんも来られます。それから、Zuckerman,Purcell,Tiollias, H.Alter, Holland, M. Alter, Hollinger, Rizetto, Balayan, Lvov, Bradley など、非常に日本になじみの深いトップレベルの研究者が来られます。>

「ウイルスは大きな動く遺伝子」という表現は、とても興味深い。このときから30年に及ぶC型肝炎ウイルスとの戦いは文字通り遺伝子工学の方法を駆使するものであった。

 (2020.10.16)

(私の「医人」たちの肖像―〔129〕岡久壽彌さんとインタビュー「第8回国際肝炎・肝疾患国際会議開催に向けて」)