TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

2019-04-01から1ヶ月間の記事一覧

「私のC型肝炎物語」第5章:MSD社の治験に参加 ー(11) 義母が逝った翌々日に治験が終わった!

(11) 「私のC型肝炎物語」 第5章:MSD社の治験に参加ー 義母が逝った翌々日に治験が終わった! ●2015年6月24日(水)~6月29日(月): (79) 6月24日(水):起床は7時05分。朝食:7時30分。服薬:8時18分。午前中は小田急カードの請求書のチェック。午後…

私の「医人」たちの肖像―(78)山本保博さん③とインタビュー「サンフランシスコ大地震に学ぶ」 ~1989年10月27日(金)

(78)山本保博さん③とインタビュー「サンフランシスコ大地震に学ぶ」~1989年10月27日(金) 1989年10月27日(金)。午前中に、満屋裕明先生に電話した。満屋先生の所属は米国のNIHであったのだからアメリカに電話したのだろうか。午後に、エイズサーベイラ…

私の「医人」たちの肖像―(77) 畑中正一さんとインタビュー「癌遺伝子研究」 ~1989年10月24日(火)

(77)畑中正一さんとインタビュー「癌遺伝子研究」~1989年10月24日(火) 1989年10月23日(月)~26日(木)。名古屋市で開催された日本癌学会と日本癌治療学会へ取材に行った。医学界新聞の記者として漸くこの頃は一本立ちして独自取材をしていた。前任者…

私の「医人」たちの肖像―(83)柳田知司さんとシンポジウム「前臨床・臨床・社会面から見た新薬の問題点」~1990年4月10日(火)

(83)柳田知司さんとシンポジウム「前臨床・臨床・社会面から見た新薬の問題点」~1990年4月10日(火) 1990年4月10日(火)。日本薬理学会の取材原稿をまとめた。1990年4月初めに開かれた第63回日本薬理学会総会における、オープニングシンポジウム「前臨…

 私の「医人」たちの肖像― (85) 吉川敏一さんと連載「フリーラジカル―その人体への影響」 ~1990年4月12日

(85)吉川敏一さんと連載「フリーラジカル―その人体への影響」~1990年4月12日 1990年4月12日。「フリーラジカルの原稿」を入手との記載が、手帖のメモにある。 「フリーラジカル―その人体への影響」のテーマの連載を、1990年に医学界新聞で行った。企画に…

鎌倉アルプス踏破と救急車で湘南鎌倉総合病院へ

大過なくて幸いであった! 本日は「三歩会」(散歩を通じて脳出血のリハビリテーションを目的としている散歩の会)の鎌倉アルプスを歩いた。JR根岸線の江南台駅に午前10時集合であった。最寄り駅の小田急多摩線はるひ野駅を午前8時19分に出発した。途中、新…

私の「医人」たちの肖像―(84)清水将之さん①と座談会「現代社会と子どもの精神発達」~1990年4月12日(木)

(84)清水将之さん①と座談会「現代社会と子どもの精神発達」~1990年4月12日(木) 1990年4月12日(木)。座談会「現代社会と子どもの精神発達(西園昌久、山崎晃資、清水将之)の収録をした。座談会は、清水先生の持ち込み企画であった。■座談会「現代社会…

私の「医人」たちの肖像―(80)西岡久壽彌さん③とインタビュー「急ピッチで進むⅭ型肝炎対策」~1990年1月24日(水)

(80)西岡久壽彌さん③とインタビュー「急ピッチで進むⅭ型肝炎対策」~1990年1月24日(水) C型肝炎ウイルス(HCV)が、血液を媒介として感染することが分かると、喫緊の課題はその防止対策だった。それに迅速に対応したのが、東京・広尾の日赤医療センター…

私の「医人」たちの肖像―(76)井上昌次郎さんと「ソ連の研究所見聞記」 ~1989年8月15日(火)

(76)井上昌次郎さんと「ソ連の研究所見聞記」~1989年8月15日(火) 1989年8月15日(火)。午前中、東京医科歯科大学難治疾患研究所(御茶の水)に井上昌次郎先生を訪問した。井上さんは睡眠研究の第一人者であり、その頃ソ連で行われた睡眠に関する学会印…

私の「医人」たちの肖像―(75)延吉正清さんとインタビュー「PTCA-最近の進歩」~1989年8月5日(土)

(75)延吉正清さんとインタビュー「PTCA―最近の進歩」~1989年8月5日(土) 1989年8月5日(土)、小倉記念病院(当時)の延吉正清先生にインタビューをした。午後13時から16時頃までだった。これは医学書院の医学書籍部のKYさんの紹介で実現した企画だった。■…

私の「医人」たちの肖像―(21) 小酒井望さんと第12回世界臨床病理学会~1983年10月10日(月)

(21)小酒井望さんと第12回世界臨床病理学会~1983年10月10日(月) 1983年10月10日(月)。第12回世界臨床病理学会を、朝から取材した。 第12回世界臨床病理学会は、会長が小酒井望先生(当時、順天堂大学教授・臨床病理学)、事務局長が河合忠先生(当時…

「私のC型肝炎物語」第2章:晴天の霹靂― あなたはC型肝炎ウイルス(HCV)のキャリアです!― (4) 経過観察という病院通いが6年続く:2001~2006年

(4) 経過観察という病院通いが6年間続く ―2001~2006年 2001年1月7日に満54歳になった。2001年1月から2006年の8月に入院して、ペグインターフェロン治療に挑戦する日まで、6年間は経過観察という病院通いがひたすら続いた。 手帳のメモと保存しておいた処方…

「私のC型肝炎物語」第7章:マヴィレット治療への挑戦―(36)服薬終了後321~328日 : 私のHCVが消えた4月17日!

(36) 「私のC型肝炎物語」 第7章: マヴィレット治療への挑戦― 服薬終了後321日~328日; 私のHCVが消えた4月17日! ■マヴィレット服薬終了後328日目~■ 2019年4月17日(水): 本日は待ちに待った東大病院消化器内科受診日だ。前回受診の12月19日から…

「私のC型ウイルス肝炎物語」― 序章そして最終章:私の内なるC型肝炎ウイルス(HCV)が消えた日!

序章そして最終章: 私の内なるC型肝炎ウイルス(HCV)が消えた日! 2019年4月17日: 私のHCV(C型肝炎ウイルス)が消えた。RNA-HCVが、PCR検査で「ケンシュツセズ」を一年以上維持したのだ。 今日は感動の日だ。でも私は心穏やかに寂しく帰宅した。これで…

「私のC型肝炎物語」第3章:晴天の霹靂: あなたはC型肝炎ウイルス(HCV)のキャリアです!(3)― 勤務の合間に2週に一度の受診

(3) 勤務の合間で2週に一度の通院:1998~2000年 ■勤務の合間で2週に一度の通院■ 1998年12月22日: 1998年12月22日(火曜日)に、午後12時30分から、第2回目の東大病院小俣内科を受診した。以降、2週間に一度の東大病院通いが私の日課の一つに加わった。 東…

私の「医人」たちの肖像―(61)渥美和彦さん③と座談会「バイオマグネで探る生体の謎」 ~1987年5月6日(金)

(61)渥美和彦さん③と座談会「バイオマグネで探る生体の謎」~1987年5月6日(金) 1987年5月6日(金)。「バイオマグネで探る生体の謎(渥美和彦・森博愛・高倉公朋)」という座談会の収録を、文京区・本郷の医学書院で、午後17時30分~19時30分に行った。■…

相模国の国分寺跡地を散歩した!

海老名市にある国分寺跡を見に行った。偶然の賜物である。昨日、海老名野伊勢山公園に孫のJ君とRちゃんを連れて散歩に行った。私たちの次女Yの夫M君が海外(中国)に出張でに行き,Yも仕事で外出となった。土曜日は学校が休みなので祖父母の私たちが孫たちと…

私の「医人」たちの肖像―(74)中嶋 宏さんとインタビュー「WHOの今後と日本の役割」〜1988年6月22日(水)

(74)中嶋 宏さんとインタビュー「WHOの今後と日本の役割」〜1988年6月22日(水) 1988年6月22日(水)、朝から医学界新聞の出張校正(第1804号)のために法令印刷へ行った。その日に下版した医学界新聞・第1804号に「中嶋宏WHO本部次期事務局長に聞く―WHOの…

 内村鑑三と詩碑「上州人」

「上州無智また無才 剛毅朴訥欺かれ易し 唯だ正直を以て万人に接し 至誠神に依りて勝利を期す」 内村鑑三の「上州人」という詩である。高崎市にある頼政神社の境内にこの詩碑があるとのことだ。私の記憶では国道18号に近い所にあったような気がする。今度機…

私の「医人」たちの肖像―(72)山村雄一さんと「第4回国際免疫薬理学会議」~1988年5月16日(月)

(72)山村雄一さんと「第4回国際免疫薬理学会議」~1988年5月16日(月) 1988年5月15日(日)~17日(火)、神戸と大阪に出張取材に行った。まず5月15日に、神戸市で第91回日本小児科学会学術集会のシンポジウム「予防接種の今後」を取材した。翌16~17日は…

私の「医人」たちの肖像― (69)Sydney Brennerさんと「第2回Nature Conference・東京」~1988年1月26日(火)

(69) Sydney Brennerさんと「第2回Nature Conference・東京」~1988年1月26日(火) 英国の科学誌Natureは、1984年に東京支局を開設した。その2年後、1986年1月20日(月)~22日(水)まで、日本で初めてのNature Conference を東京・新宿の京王プラザホテル…

私の「医人」たちの肖像―(53) 香川靖雄さんと「生化学教育ワークショップ」 ~1986年5月7日(水)

(53)香川靖雄さんと「生化学教育国際ワークショップ」~1986年5月7日(水) 自治医大で開催された「若手生化学者のための研修会」に、1986年5月7日(水)、8(木)の両日、取材に行った。自治医科大学教授(生化学)の香川靖雄さんから招かれたのだ。私以…

「微熱の愛情」を心の内にー指揮者とチーム医療の共通点 !

医学界新聞の最近号(第3313号)研修医版が興味深い記事を掲載していた。「微熱の愛情」を心の内にという広上淳一さん(東京音楽大学指揮科教授/京都市交響楽団常任指揮者)と岩田充永さん(藤田医科大学救急総合内科学主任教授) の対談である。オーケストラの指…

14の春に帰る術なし!

己が名を ほのかに 呼びて 涙せし 十四の春に 帰る術なし (啄木) 生まれ育った群馬の片田舎の小中学校の同窓会があり6年ぶりに参加した。 六度目の干支の猪を迎え齢72の春だ。総勢142名の内で46名が参加した。そのうち半数23名が一泊泊まりで旧交を温めた。…

私の「医人」たちの肖像―(66)Gazzaniga vs. 杉下守弘さん:インタビュー「脳研究の新局面―右半球に言語機能があるか」~1987年9月11日(金)

(66)Gazzaniga vs. 杉下守弘さん:インタビュー「脳研究の新局面―右半球に言語機能があるか」~1987年9月11日(金) 「ガザニガが、また日本に来るからインタビューをしようか?」 杉下守弘さん(東京都神経科学総合研究所)から、私の前任者のSH君に、イ…

浄慶寺と高蔵寺を詣うでる!

本日は連れ合いのYさんが鍼灸、私は歯科医院の予約が朝の10時からあり9時半過ぎに家を出た。小田急線の柿生近くの染谷鍼灸院にYさんを送り、私は石綿歯科に9時50分頃に着いた。 年始に治療した歯が欠けてしまったので再治療だ。幸いに20分ほどで 終わった…

Nature 誌創刊150周年記念講演会に参加―2019年4月4日

本日2019年4月4日(木曜日)に英国の科学雑誌Nature創刊150周年記念講演会が東京・本郷の東京大学安田講堂で午後13時から18時まで開催された。" The Future of Japanese Science " という表題でパネルディスカッションが行われた。Natureの東京支局が開かれ…

私の「医人」たちの肖像―(70)西岡久壽彌さん①と「エイズ、HIV感染予防-世界は今」~1988年2月26日(金)

(70)西岡久壽彌さん①と「エイズ、HIV感染予防-世界は今」~1988年2月26日(金) 1988年2月26日(金)。夕刻から日赤医療センターへ行き、エイズ感染の現況について、西岡久寿弥先生にインタビューをした。この頃には日本人のエイズ患者数が増えてきて、「…

「私のC型肝炎物語」第7章:マヴィレット治療への挑戦―(35) 服薬終了後313~321日:診療後に清澄庭園を旧友と散策する

(35) 「私のC型肝炎物語」 第7章: マヴィレット治療への挑戦― 服薬終了後313日~321日: 診療後に清澄庭園を旧友と散策する ■マヴィレット服薬終了後313目■: 2019年4月2日(水): 本日は久しぶりの東大病院受診(DM内科)の日である。1月29日(火)か…

新元号「令和」によせて雑感!

新元号が「令和」に決まった。本日は連れ合いの横浜総合病院の定例受診日であった。ニュースはスマホの速報で知った。初めは音声で聞いたので、新元号が「れいわ」に決まったよと連れ合いに言ったら、「麗和」かしらというので、「そんなに画数の多い文字は…