TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

『和解』(志賀直哉)を読んでいる

 『和解』という小説は、志賀直哉の短編である。これまで読んだことはなかった。読んでみると殆ど私小説のようなのだ。作者の自伝というか日録ではないのだが、志賀直哉自身が最初の子どもを生後50日足らずに亡くしているので、それに基づく状況が書いてある。
 作者は、我孫子に住んでいて、東京の実家の祖父母に孫をみせるために、我孫子から連れて行って帰った直後に赤ん坊は具合が悪くなって亡くなってしまうのだった。そのどさくさともいえる緊急事態の経緯が事実そのままに書かれている。医学の進んだ21世紀の現在でも、首の座らぬ生後2ヶ月に満たぬ赤子を連れ旅はしない。志賀直哉自身が最初の子どもを失っているので、この情景は自分の体験に基いているのだろう。

 <鎌倉行から間もなくであった。吾々は妻が又懐妊した事を知った。自分は余り早すぎるような気がした。出来るにしても、もう少し経ってからでもいいような気がした。然し妻は喜んだ。そして。自分も、前に多少でも赤児の死で祖母に非難する気を持っただけ、それの早く来た事は祖母の為にも嬉しかった。>

 この件を読んで驚いた。「自分は余り早すぎるような気がした」と言っているが、妻を妊娠させたのは夫の貴方だろうと言いたいが・・・。教養もある作家の夫は子どもを失ったばかりの妻の身体を慮って、避妊をするかするのが普通だろうと思う。未教養の私ですら最初の子どもから2人目の間には3年くらいの間を空けている。志賀直哉という作家は避妊をしなかったのだろうか。

 かくして、二人目の子どもが生まれる。こういうことだ。

 <「旦那様、旦那様」と看護婦が呼ぶ。自分は行った。
 「奥さんの両方の肩をしっかり持って上げて下さい。」
  自分は直ぐに枕元に坐って妻の両方の肩を大きな手でしっかりと抑えってやった。妻は両手を胸の上で堅く握り合わせて全身に力をいれている。妻は少し青白い顔を顰めて、幾つにも折ったガーゼを一方の糸切歯で、堅く硬く噛んでいる。妻の顔は普段よりも美しく見えた。それは或る一生懸命さを現していた。>

 上に紹介した光景は、まさに今様の立ち会い出産のママだ。昔のお産は病院や産院ではなくて、自宅で行ったので、このような光景が普通だったのだろう。まさに、この小説は私の経験に基づいているのだろう。次の感想は素直で美しく感動的である。

 <出産、それには醜いものは一つもなかった。一つは最も自然な出産だったからでもあろう。妻の顔にも姿勢にも醜いものは毛程も現れなかった。総ては美しかった。>

 ここまでが『和解』という小説の前半である。この後、作者志賀直哉と父親との関係は、どう「和解」に 結び付いて行くのだろうか。
 今日は、ここまでだが、こんな一人の男の家庭の事情のようなものが、当時の文芸雑誌で受け入れられて、読まれたのは驚きである。文学は「人間の実学」なんだね。