TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

私のC型肝炎物語」第7章:マヴィレット治療への挑戦―(40 )服薬終了後1年5ヶ月:血小板が増えない!

(40) 私のC型肝炎物語」第7章:マヴィレット治療への挑戦― マヴィレット終了後 1年と5カ月:血小板が増えない!

 

   本日は前回(4月17日)から6ヶ月ぶりの東大病院(HCV内科)の受診日である。昨日は昭和大学横浜北部病院で大腸内視鏡の検査を受けて来た。結果は11月5日に聞くことになっている。終了後に看護師さんの言葉では、ポリープ等の切除は、今回はなかったとのことだ。昨日は19時頃に帰宅してから夕食を食べた。そのあと本を読んだりして床に就いたのは23時を過ぎていた。そのためか本日は6時30分には起きたかったが目覚めたのは7時12分分くらいであった。

   ■半年ぶりの東大病院(HCV内科)受診■

  • 2019年10月16日(水):

   本日は受診の前に超音波(US)の検査があるので朝食は摂らない。7時25分頃に自宅をでた。7時38分のはるひ野駅を出発して、栗平で通勤急行に乗り継いで新宿に向かった。約40分で新宿駅に着いた。大江戸線に乗り換え、新宿西口駅から本郷に向かった。本郷三丁目駅には8時38分くらいに着いた。直ぐに歩いて東大病院に行く。受付は8時52分くらいであった。これなら東大病院より近い私の旧職場には8時50分頃には到着出来る。昔の癖で通勤のことを考えてしまう。本日の採血番号は229番であった。9時5分頃には採血も終了した。採血のあとで直ぐに生理検査の23番に行った。超音波の予約は10時なのだが早く行けば早くやってくれると予測した。生理検査室のまえで本を読んでいると9時20分過ぎには呼ばれた。超音波検査も9時35分頃には終了した。そのあと地下1階の食堂「三四郎」で朝食を食べた。何時もは「洋食モーニング(500円)」にするのだが、本日は「和食モーニング(550円)」を食べた。味噌汁、納豆、鯵の干物焼と典型的な日本の朝ご飯であった。美味しかった。
 朝食のあと2階内科受付で待機した。アポイントは10時30分~40分であった。本を読んで待っていた。10時50分くらいに呼ばれた。中待合室に入ると、座る間もなく呼ばれた。待ち時間のあいだも実はかなり不安であった。血液検査の結果でAST、ALT、γGTPは、31、27、27であった。ASTの正常値は30までである。したがって31は高値と判断される。主治医の中川先生は、「少し高いですが大丈夫でしょう」と言われた。血小板は14.0であった。前回15.7だったのでまた下がってしまった。血糖値163、HbA1c7.1 と共に高い。4月17日採血の折に、PCR検査に出したHCV-RNAは「ケンシュツセズ」であった。とにもかくにも今日の受診結果はよかった。

   ■本郷眼鏡店で眼鏡の修理■

   受診のあと本郷眼鏡店で眼鏡枠の買い替えを依頼した。修理をしている間に久しぶりに旧知の「新読書社」を訪問した。思えば24歳~64歳まで40年間をこの街で過ごした。本郷で過ごした40年間が、まるで夢か幻のように感じる。

   マヴィレット服薬最終日は昨年(2018年)の5月23日だった。あれから1年5ヵ月経過した。主治医の中川先生も「ウイルスが消えました。よかったですね!」とは言ってくれない。たんたんと6か月後の明年4月22日(水)の受診予約を入れてくれた。「私のC型肝炎物語」はまだ途中経過であるということなのだろう。それにしても良かった。一昨日の大腸内視鏡検査もポリープが無いらしい。本日の肝炎もクリアした。夜には合気道の稽古に参加した。帰ってカレーライスを食べビールと日本酒をのんだ。安堵のひと時であった。しかし、何故かこころが晴れない。HCVが消えたのは幸いなのに、この記録の記述に少し疲れたのかもしれない。「私のC型肝炎物語」を記録する意味があるのだろうか? 疑問に思いながら何百万人という人が苦しんだHCV感染の一つの証として今後も記録したい。一方で、もうここで終了してもいいのかなと迷う!

   (2019.10.16)

(「私のC型肝炎物語」 第7章: マヴィレット治療への挑戦―〔40〕 服薬終了後 1年5カ月: 血小板が増えない!)