長編小説「死の棘」読んで思うこと

 この一月から」読み継いできた島尾敏雄の長編小説「死の棘」を漸く読了した。読み応えのあるというか読むのに堪える小説であった。正直なところ疲れた。最後まで文体にぶれがない緊張感が緩まないのはさすが玄人の文章だと思った。
 読み終えて、本に挟んであった、付録の小文集を見つけて読んだ。評論家の奥野健男さんが、<「死の棘」論抄―その成立のいきさつ―>という評論(解説)を書いていたのを読んだ。奥野健男島尾敏雄の友人でもあり理解者でもあり支持者である。この小文では三島由紀夫の「魔的なものの力:」と題された「死の棘」評からの引用も挿入されていた。三島と島尾は同世代なのだ。この全く資質の異なると思われる二人が文学という絆で結ばれているのが不思議に思えた。

 「この長編の題材は昭和29年10月から翌30年6月までお島尾夫妻のたった9ヶ月の出来事である。しかもこの長編にはトシオとミホという一組の夫婦と、幼い二人の子供と、親類、友人などのごく狭い範囲の周辺の人々しか登場しない。・・・」
 奥野さんの上の解説を読むと、なるほどたった9ヶ月の出来事をよくもあれだけ詳細に描いたものだと思う。「死の棘」の単行本は長編となっているが、一つ一つの章は短編として、一章の「離脱」が昭和35年4月号の「群像」に掲載されている。そして、最終章「入院まで」が雑誌「新潮」に発表されたのは昭和51年10月である。単行本が出たのは、さらに約1年後の昭和52年9月である。最初の発表から17年後、モデルとなっている小説の題材の日々から22年後のことである。島尾敏雄は日記を書く人であった。この小説の題材も当時の日記を下敷きにしている。しかし、これは小説なのである。作者の島尾敏雄は。この小説によって自らを裁こうとしたのだろうか?

 奥野あの解説の最後は次のように結ばれている。
 「・・・夫の浮気からのありきたりの夫婦喧嘩を扱いながら、今までの世界のいかなる小説も書き得なかった夫婦の本質をとことんまで追求し、一対のお男と女の原初的な永遠の姿を描き得ているのだ。自己を無化し完全に夫婦を一体化することにより、文学者の主体性と妻の魂の平安を実現しようとするこの全人未踏の小説は、読者の心をふるえあがらせ、かってない深い感銘を与えずにはおかないだろう。」
 奥野の結びは、「永遠の夫婦愛」のような、格調の高い論調で結ばれている。そうだろうか? そもそも小説の主人公は、もと軍人の島尾隊長であった。題材の背景は、トシオもミホも30代の最後か40歳代の初めであろう。まだ若い。恋女房と幼い二人の子どもがいながら、一度や二度の浮気ならともかく、長年にわたって愛人の元に通ううものだろうか? ココが凡人の私には解せない。梯久美子さんの書くように、島尾敏雄は小説の題材を得るために、愛人との情交の記録を記した日記を故意に妻の目に触れるようにした。そして、自らと狂っていく間のミホと崩壊する家庭のなかに身をおいて描いたのが「死の棘」となる。

 とまれ、「死の棘」を読み終えた。こんどは、映画「死の棘」を観てみよう。