TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

「貰った命」のことについて書いておく

 本日は東大病院を受診した。造影剤を静脈注射でいれて腹部CT画像をとってきた。前回の受診(2月17日)時に受けた腹部超音波検査で胆嚢内にポリープ状の蔭が見つかった。その精査のために造影剤を静注してCT像をとることになったのだ。折しも、首都4県に緊急事態宣言が延長された。コロナ禍という中での受診となった。午後14時30分の予定だったが、13時には病院について待機した。放射線検査室前の人混みをさけて、離れた窓際の椅子に座って文藝春秋3月号『推し,燃ゆ』を読みながら1時間半ほど待機した。私にとって病院通いは意外と好きな機会なのである。五木寛之さんに笑われてしまうであろう。彼は30年も40年も健康診断すら受けていないのだという。
 さて、CT検査は右腕からオムニパーク350という造影剤100mLを静注して行った。直径100センチほどの円筒形のCT機器の中に横たわり、初めに造影剤無しで3回ほど撮影した。そのあと、造影剤を点滴静注すると腕から暖かい感じがしてきた。その後、再度2回ほどCT撮影した。時間にして5分ほどなので、それほど侵襲の大きい検査ではない。しかし、事前の説明の文書によれば、造影剤注入で副作用もあることが明記されており緊張して検査に臨んだ。本日の検査結果は、2週間後の3月24日に受診して伺うことになっている。
 それにしても、よくもこれまで、沢山の病気をしてきたものだと呆れるほどだ。
 19歳: 慢性肝炎。いまから考えるとA型肝炎だったのかもしれない。18歳の5月頃に、大学浪人中に発症した。東京に模擬試験を受けにきて、東京・大森の姉のアパートに宿泊した。姉がハンバーグを夕食に作ってくれたので食べた。翌日、群馬の実家に戻ってから、腹痛と嘔吐を繰り返した。近隣の医院を受診すると、肝臓の病気だと言われた。四つ足を食べてはいけないと言われた。消化薬とビタミン剤のみのを飲んでいた。ご飯と味噌汁と大根おろしだけを食べていた。
 27歳: 急性膵炎になった。7月に大学空手部の試合の応援に行き、懇親会でたくさんお酒を呑んだ。翌朝から、胃の裏側が痛み、枕を抱えて唸っていた。近所の医院でも原因がわからず、慈恵医大内科を受診してもわからない。3日目くらいに近医が母校の順大病院を紹介してくれて受診した。そこで、急性膵炎の診断が付いた。絶食して点滴のみで1週間を過ごした。当時としては、最先端の、ERCPという内視鏡検査をう受けた。2週間の入院を経て、自宅で1週間ほど療養して職場復帰した。おそろしく痩せて体重が53キロ、ウエストが73センチになっていた。体力がもどるまで半年以上はかかった。
 49歳~73歳: 49歳時(1998年)にC型肝炎ウイルスのキャリアーと判明して、経過観察しながら23年くらいを経過した。そのへんは、「私のCウイルス型肝炎物語」に詳述した。
 今まで生きてこられたのが不思議のようにも思える。すべてが食事の管理をしてくれた家内のお陰である。「貰った命」とはそういうことだ。