TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

腹部MRI検査と造影剤ボースデルのことについて(記録と記憶として)

 腹部MRI検査を受けた。この検査を受けるのは、昨年の8月20日に続き二度目である。検査開始予定が14時30分だったので余裕をもって少し早め昼過ぎの12時30分頃に家を出た。途中、新宿で所要を済ませて東大病院には午後14時5分頃についた。MRIは磁気を用いた検査なので金属製品を身につけていないか、義歯や体内に金属の埋め込み(人工関節やカテーテルだろうか?)が無いか、鉄分を含んだサプリメントなどを服用していないかどうか等の問診を受けた。検査に際して上半身は下着とシャツは着用、下半身は検査衣(紙製)に更衣して臨んだ。MRIは直径80cmくらいの筒状のドームに寝たままで全身入る。検査に際してはかなり大きな異音(騒音)が出るので両耳に耳栓をした。検査時間は凡そ30分くらいであった。検査の直前に、ボースデルという、造影剤を300㏄くらい服用した。

MRI検査とは:
1.目的:MRI(Magnetic  Resonance  Imaging)検査は、治療前にがんの有無や広がり、他の臓器への転移がないかを調べたり、治療の効果を判定しあり、治療後の再発がないかの確認など、さまざまな目的で行われる精密検査である。
2.方法: 強力な磁石と電波を使って、磁場を発生させて行う。強力な磁場を発生しているトンネル状の装置の中で、FMラジオなどで用いられている周波数の電波を身体にあて、身体の内部の断面をさまざまな方向から画像にする。MRI検査では、目的によって造影剤を使うことがある。今回、ボースデルという水溶液を300㏄くらい検査直前に飲んだ。
3.ボースデルとは: 塩化マンガン四水溶液である。「これを飲むのは何故か」と尋ねたら、画像が綺麗にでるとのことであった。調べると、T2強調画像で陰性造影効果を示すと書いてあるが、素人には分からない。

何故、MRI検査を行ったか:

 これまでの慢性肝炎治療の経過観察で行った超音波検査で、胆嚢のポリープ、胆管の肥厚や、膵臓に腫瘍が疑われており、消化器内科の中で、肝臓専門医から肝胆膵専門医の観察が加わった。そのため、同じ消化器内科であるが、昨年(2021年)から、各種の検査をおこなってきた。それらを経時的に纏めておく。

(1)腹部CT検査: 2021年3月10日 14時30分実施
(2)上部内視鏡(EUS)検査: 2021年4月22日 午前11時30分実施
 ⇒胆嚢にポリープ(肥厚、良性腺筋症の疑い)
  膵臓に嚢胞
(3)腹部MRI検査(ボースデル造影剤使用): 2021年8月20日
 ⇒胆嚢にポリープ(肥厚、良性腺筋症の疑い)
 ⇒膵臓に嚢胞(2~3ミリ、変化なし)
  顕著な変化はみられなかったので、2022年3月10日に再度のMRI検査予約
(4)腹部超音波検査: 2021年9月8日
 ⇒ 肝臓所見: 著変なし
 ⇒ 胆嚢: 体部、底部にRASを伴う限局性壁肥厚
 ⇒ 膵臓: 可視範囲では明らかなSOLは認めない
(5)腹部MRI検査(ボースデル造影剤使用): 2022年3月10日 
 ⇒ 結果は2022年3月16日

MRIの開発の歴史■
 核磁気共鳴画像(NMR: Nuclear Magnetic Resonance)が、医療現場に利用され始めた当初は、核磁気共鳴(NMR)現象を利用したCT(Computed Tomoigraophy)、コンピュータ断層撮影であったので、NMR-CTと言った。日本語での呼称も当初は、核磁気共鳴CT検査と言っていた。実際、私が医学系出版社に就職した1971年の少し後に、NMRの医学応用が緒についた。ごく初期には、核磁気共鳴という言葉も医学書でも使っていた。しかし、病院内で「核」という言葉を使うことに抵抗があり、またMRIには放射線被ばくがないという利点を誤解されかねない懸念があり、MR-CTという呼称が考えられ、最終的にはMRIという呼称に落ち着いた。日本では、東芝が国産常電導機MRI東芝中央病院に設置。また、島津、旭化成、日立、三洋などもMRIを開発した。1982年に、中津川市民病院に日本国内の病院としては最初に診療用に永久磁石式のFONARが導入された。1983年に入り、千葉県の放射線医学総合研究所に常電導垂直型MARK-Jが導入され、同型機が藤元病院に設置された。さらに、国立大学一号機として、ブルッカー社製常電導機が、東北大学抗酸菌研究所に導入された。同年5月に慈恵医科大学病院に、厚生省から認可を受けた東芝の商用機の1号機か設置された。
 以上、MRI導入の初期の歴史を、インターネト(ウキペディア)より引用して記載した。今では、必須の医療機器として人口に膾炙したMRIであるが、歴史は浅いということを再認識した。 

<コメント>
 2022年2月1日に逝去された石原慎太郎さんの死医はすい臓がんの再発によるものだったという。二年前の2020年に、奇跡的に早期のすい臓がんが見つかり重粒子線治療受けていたのだという。ところが、昨年(2021年)10月に、膵臓がんの再発がみつかり余命三ヶ月を宣告されたのだという。恐らく、石原さんのすい臓がんも、MRI検査で見つかったのではないだろうか。確か、その頃出た雑誌「文藝春秋」に、自分の死についての文章を死後に発表されるという約束で書いた、と書いていた。本日買い求めた文藝春秋4月号に、石原慎太郎さんの絶筆―石原慎太郎「死への道程」が掲載されていた。早速、買い求めて読んだ。    

 

(更新予定)