TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

『103歳になってわかったことー人生は一人でも面白い』(篠田桃紅)を読む

 篠田桃紅さんが、つい最近(2021年3月1日)に、107歳で逝去された。5年くらい前に、共に百歳を超えられてい医師の日野原重明先生と篠田桃紅さんとの対談が何処かのテレビで行われた。その様子をいテレビで放映されたのを見て、全く資質の異なるお二人のお話がかみ合っていないので面白く感じた。例えば、日野原さんは三年くらい先までの予定を立てて目標に向かって生活している、一方、篠田さんのほうは、「全く予定といううものを立てずに、気の向くままにその日暮らしをしている」と仰っていたのが印象に残っている。
 昨日、稲城図書館の返却棚で、『103歳になってわかったことー人生は一人でも面白い』を見つけ借りてきた。これは前にも借りて読んだことがある。その時に、篠田桃紅さんの、従弟が映画監督の篠田正博さんだと知って驚いた。篠田監督は、いま90歳らしいので、篠田桃紅さんのほうが17歳も年長である。篠田桃紅さんは、書家である。若くして渡米して、日本よりニューヨークでのほうが「書」が評価され、一人で書家として生きてきた人だ。1913年(大正二年)生まれだ。私の父が大正二年生まれだ。明治45年の途中で大正元年になった。父は69歳で亡くなったので、もぅ38年もたったのである。篠田桃紅さんは、墨を用いた抽象表現主義者として、世界で知られておいるんだと言う。私は不明にして篠田さんの「書」を観たことがない。篠田さんの作品は、川崎市国際交流センターや、芝増上寺本堂にも飾ってあるという。こんど機会を作って見てみたい。
 件の本には、いろいろと興味深いことが書いてある。この幻冬舎の本はベストセラーの一つらしい。記憶と記録のために幾つか引用しておきたい。
 <私には死生観がありません
  
これまで私は、長寿を願ったことはありませんでした。死を意識して生きたこともありません。淡々と、生きてきました。いまでも、死ぬときはこうしよう、死ぬまでにこういくことはしておきたい、などなに一つ考えていません。いつ死んでもいい、wそう思ったこともありません。なにも一切、思っていません。・・・・>
 このような境地に篠田さんはいたっているのである。これはすごすぎる。ここの項目のまとめはこうある。「生まれて死ぬことは、考えても始まらない。人間の知能の外、人の領域ではないこともある。」

 <いい加減はすばらしい
 日本人は、なにかあると「いい加減にしておきなさい」と言います。御飯がおいいしいからといって、食べ過ぎてはいけない。いい加減にしなさい。口論が激しくなっていく様子を見てとれば、いい加減にやめておきなさい。「いい加減」は、すばらしい心の持ち方だと思います。・・・・>
 篠田さんのおっしゃる通りだと思う。「いい加減」は「良い加減」のことが多いのだ。わたしはいい加減な男である。妻はそれが大嫌いで、「いい加減」は、「ずぼら」ということで、「いい加減」な生活は許しがたいらしい。ここの項目のまとめはこうだ。「食べ過ぎてはいけないし、すくな過ぎるのもいけない。万事ほどほどにしておけば、高い徳に至ると孔子は言う。」