「楽さん会」という地元の交流会の例会で、新百合ヶ丘から読売ランド方向をぐるりと回る丘山歩きを楽しんだ。香林寺の五重の塔は行ったことがあったが高石神社は初めてであった。何処も歴史に刻まれた土地柄であると知った。地元の歴史を知るのは面白い。
帰宅して2週間ぶりに朝日歌壇と朝日俳壇を読んだ。自分では詠めないのだが冬枯れのような気がした。
<枯れ尽くすことは安らぎ大枯野(高松市 信里由美子)>⇒大串章撰:
<大寒の塵から生まれ七十三(長崎県波佐見市 川辺酸模)>⇒高山れおな、長谷川櫂共撰:
「塵から生まれた命、それがこの年に」と長谷川さんがコメント。「大寒の埃の如く人死ぬる(虚子)」という句があるんだって、高山れおなさんがコメント。
次に歌壇だ。
<赤い実をびっしりつけたピラカンサ亡母(はは)は「ピラカンさん」と呼んでいたっけ(高松市 高崎英子)>⇒佐々木幸綱撰:
ピラカンサは四国高松にもあるんだ。わが家のピラカンサが赤い実のままだ。椋鳥が年末にきて一気に食べるのが恒例だと思っていた。鳥インフルエンザの影響か椋鳥が食べに来ない。来るのだろうか?自然の変異がおきている?
<時という包帯があるPKを外し芝生に泣き伏す少年(観音寺市 篠原俊則)>⇒高野公彦撰:
元教師の目で篠原さんが斬新な歌を詠んでいた。
<京都にもそうかないのかタテカンは早稲田も同じ枯れ葉踏みゆく(市川市 渡部幸子)>⇒永田和宏撰:
何処もおなじだよね。だが、あのタテカン華やかなりし60年代末期って何だった?
<母とカフェ姉の恋路を話し合う一の話を十ぐらいにして(富山市 松田わこ)>⇒馬場あき子撰:
松田梨子さん、自分の恋の歌を詠むのだろうか? 幸せな家族のオープン過ぎるような日常を感じた。
最後に、常連歌人の前橋の荻原葉月さんがまた選ばれていた。いい歌だ。
<竹の枝を上州の風よけとして豌豆育つ大寒の畑(前橋市 荻原葉月)>⇒
馬場あき子撰:
上州生まれの私はこの光景を知っている。