私の「医人」たちの肖像〔 〕―彦坂興秀さんと「クラリベイト引用栄誉賞」の2024年受賞 ~科学に国境はない
本日(2024年9月20日)、インターネットでメールを検索していたら「M3」という情報サイトから彦坂興秀さんの写真入りでノーベル賞の有力候補だという記事がとび込んできた。2004年の夏に初めて米国に行ったときにNIHに彦坂さんを訪ねていった。中村秀穂さんに連れられていったのだった。彦坂さんは2002年頃に米国に研究の拠点を移したばかりだった。その前に10年位の間は「神経研究の進歩」の編集会議でお世話になっていた。さらに遡ると1980年代の末には「神経科学の近未来」のテーマで座談会に出て頂いた。金沢一郎さん(当時は筑波大学助教授・神経内科学)の司会で高坂新一さん(当時は慶応大学講師・神経化学)と彦坂興秀さん(当時、東邦大学助教授・神経生理学)の三人に鼎談をお願いしたのだった。
興味深いので以下に全文引用しておきたい。
(以下は引用)
クラリベイト・アナリティクス社は9月19日、近い将来のノーベル賞候補者として注目される「クラリベイト引用栄誉賞」の2024年の受賞者22人を発表した。生理学・医学分野で、日本人では米国立眼病研究所の彦坂興秀氏が選ばれ、「運動制御や学習行動の中心となる大脳基底核の生理学的研究」が評価された。
彦坂氏は、米マサチューセッツ工科大学のAnn M. Graybiel氏、英ケンブリッジ大学・米カリフォルニア工科大学のWolfram Schultz氏との共同受賞。2010年にNeuron誌に発表した論文は引用回数が約1500回で、大きな影響を与えたと判断された。
米国立眼病研究所のウェブサイトによると、彦坂氏は東京大学で医師免許と医学博士号を取得。米眼病研究所を経て、1979年に東邦大学医学部で助教授に就任し、1988年には自然科学研究機構生理学研究所で教授に、1993年に順天堂大学医学部で教授となった。2002年に眼病研究所に戻り、Senior Investigatorおよび神経ネットワーク部門の責任者として勤務し、2011年にはアメリカ芸術科学アカデミーの会員に選出されている。
クラリベイト社のDavid Pendlebury氏は「彦坂先生は大脳基底核の特定の領域が自発的な眼球運動や複雑な手の動きに関連していることを説明された。脳の生理学、左の基底核と関連構造、記憶と報酬、運動と動機付けを結びつけるとともに、大脳基底核の機能不全の発見は、うつ病や依存症を含む多くの精神疾患の理解にも役立っている」と説明した。
引用栄誉賞受賞者75人がノーベル賞受賞
引用栄誉賞は近い将来のノーベル賞候補者として注目され、2002年以降毎年発表されている。1970年以降Web of Scienceに掲載された6100万件以上の論文のうち、0.015%に当たる2000回以上引用された論文の著者から、研究への貢献度や注目領域かどうかなどの定性的な要素を加味してクラリベイト社の専任アナリストが分析し、受賞者を決定する。
引用栄誉賞の受賞者のうち、これまでに75人がノーベル賞を受賞している。日本人では2012年に医学・生理学賞を受賞した山中伸弥氏、2014年に物理学賞を受賞した中村修二氏、2016年に医学・生理学賞を受賞した大隅良典氏、2018年に医学・生理学賞を受賞した本庶佑氏の4人が、引用栄誉賞を受賞した後にノーベル賞を受賞した。
(引用、おわり)
10月になると、毎年、ノーベル賞の発表が待ち遠しい。
(2024.9.20)
<付記>
ところで、折よく2004年に米国出張のあとで社内報に掲載した拙稿のコピーが出てきた。記憶ときろくのために再掲しておきたい。2004年といえば、2001年9月11日ニューヨークの貿易センタービルが航空機テロで崩壊してから3年目だった。
(以下再掲)
●HLMとIF(Impact Factor)そしてFRA(フランクフルト)~2004年5月
今回、医学雑誌のIndex Medicus収載推進の一環として、HN常務に同道して医学図書のNLM分類の本元である米国国立医学図書館(National Library of Medicine)を訪問する機会を与えられました。そこで、NLMの概要と医学論文および医学雑誌の評価の指標として何かと注目の高いインパクト・ファクター(Impact Factor ; IF)に触れ、残る紙面で他の話題も紹介します。
■NLMはNIH(National Institute of Health)の一部門■
アメリカに行くとき時間が逆戻りしますので、日本を発ったその日の朝にWashington
DCに到着し、その足でNIH(国立保健研究所)を訪ねました。メリーランド州のベセスダにあるNIHは27の研究所と1センター合計28の複合施設です。日本でいえば国立岡崎共同研究機構に国立精神・神経センター、さらに国立病院医療センター等の全ナショナルセンターを統合した施設のようなものです。NIHで働く職員・研究者は1万8千人以上、2003年の予算は凡そ270億ドルとのことです。地理的にはダレス国際空港からおよそ21~22キロメートルの緑豊かな郊外にあります。NIHの一組織であるNLMは広大なNIH敷地の一隅に位置し医学・健康科学分野のあらゆる文献を収集している世界最大の医学図書館といえるでしょう。その中で、医学雑誌文献をまとめたものがIndex Medicusであり、インターネット上の電子検索システムがMedline/PubMedです。科学論文の執筆には先行研究の文献引用が必須であり、PubMedの登場が文献検索を格段に容易にしたことは指摘するまでもないでしょう。医学書院では24の医学雑誌を発行していますが、「脳と神経」「脳神経外科」の2雑誌のみがIndex Medicusに収載されインパクト・ファクター(後述)が付いています。Index Medicus収載雑誌選定はNLM内の14名の論文選定委員が年に3回、各国から集まってくる雑誌の内容を検討して決定しています。
■インパクト・ファクター(Impact Factor;IF)とは?■
近年、医学論文またそれが掲載された雑誌を評価する指標として、インパクト・ファクター(Impact Factor: IP)が注目されています。IFは科学論文の影響力を定量的に数字化する試みで、この考え方の提唱者であるDR. E. Garfieldは科学情報研究所(Science for Information Inc.)を1950年代に設立し自然科学の専門誌を収集、その引用論文のデータ構築を開始。毎年1回、科学引用レポート(Science Citation Index; SCI)さらにSCIデータベースを基礎に専門雑誌別に引用件数を集計した雑誌ランキング表(Journal Ranking Report)を発行しています。IF値の具体的な出し方は、ある雑誌の過去2年間に発表された論文が、その年の1年間には行されたSCIで採録された全ての雑誌に引用された総件数を、当該雑誌の過去2年間に発表された論文の総件数で割った値とのことです。簡単に言えば当該雑誌に掲載されたそれぞれの論文が発表後1~2年程度の短期間に、1年辺り引用された回数の平均値に相当します。IF値が大きいほどよく読まれ研究動向を左右する貢献度の高い(よりインパクトの高い)良質な論文との考え方です。尤もIF値は金科玉条の指標として不動のものではなく、その算出方法や活用の仕方についても種々の問題点が指摘されている反面もあります。
■LWW (Lippincott Williams & Wilkins) 訪問■
ダレス空港から前述のベセスダNIH訪問の後Baltimoreに入りました。時差で日付は変わりませんが、初日の午後3時過ぎにLippincott(LWW)社のBaltimoreオフィスを訪れました。港に近く近代的なホテル群などにも恵まれた市街地で前面がJohns Hopkins Medical Center、後側が野球場という立地にある煉瓦作りの細長いビルの中にオフィスがありありました。われわれの訪れをJay Lippincott 社長以下、Julie Acker, Margaret Becker, Destini Duke他の編集および版権契約担当者などの面々が6階の会議室で待ち受けてくれました。ワシントンマニュアルを初めとするLWWの好評書籍の改訂の話、企画の重点領域の彼我の違い等が話題になりました。予め準備しておいた日本の学会会員数の推移、医師・他の医療従事者数の動向(マーケット分析)について強い関心が示されました。看護系のベストセラーであるカるペニート(Carpenito; Nursing Diagnosis Handbook)のライセンス契約については大学あるいは大病院との個別契約(ベンダー契約)を望んでいるとの意向を示していました。雑誌については担当が同席できなくなり具体的な話には触れられませんでしたが、LWWもElsevierやSpringerに後れをとるまいと電子ジャーナルを強く指向しており、親会社Walters Kluwer Health によるOvid Technologies 買収が影響しているとのことです。Ovidはアグリゲータ(情報配給専門)であり、LWWが雑誌冊子体を制作し、OvidがLWW以外の出版社で発行した雑誌も含めて電子ジャーナル配信を展開していく方向です。
■ドイツ Gissen大のKummer教授を訪問■
出張の後半は、フィラデルフィアから鉄道でニューヨークに移動し、その翌日、夜間飛行便にてフランクフルト(FRA)に向かいました。FRAから鉄道で1時間ほどの郊外都市にあるGissen大学を訪れ、金原財団横地基金のドイツ側の留学生選考委員を委嘱しているKummer教授との間で同基金の「ドイツ留学生受け入れ規定改定」について協議しました。
■“科学に国境はない”を垣間見る■
当初の計画では1Washington DCダレス空港から鉄道移動を予定していましたが、急遽のタクシー利用によるスピードアップが奏功し、BaltimoreのLWW社訪問に先んじて、メール不調でアポイントが確認できなかった彦坂興秀教授(雑誌「神経研究の進歩」の編集委員、神経心理学コレクション『彦坂教授の課外授業―目と精神』の著者)にNIHを訪問してお目にかかることができました。その翌日、フィラデルフィアでは予定外に浅倉稔生先生(Penn大教授・小児病院、日本人留学生の米国留学に永年尽力)の研究室を訪れくことができました。文字通り、“科学に国境がない”を実現されている日本人科学者の活躍の場を垣間見ることができたのは、私にとってインパクトの大きい経験でした。初めての海外出張で些か緊張の連続でしたが、大らかかつエネルギッシュな中村常務の先導に対して心より感謝申し上げます。
(2004.5.26)
(私の「医人」たちの肖像〔 〕―彦坂彦坂興秀さんと「クラリベイト引用栄誉賞」の2024年受賞 ~科学に国境はない)