中村屋サロン美術館訪問記

 新宿中村屋でランチにインドカレーを食べた。これは全くの偶然だった。本日は大学時代の友人のRB君と明治神宮前で会って明治明治神宮散歩の後で原宿界隈で昼食の予定でいた。ところが待ち合わせの場所で会うことができずに新宿に移動した。RB君が待ち合わせ場所を新宿と勘違いして会うことができなかった。地下鉄丸の内線とJR新宿駅の区別がRB君ができなくなってしまったのだ。地下鉄丸の内線の西口から東口に至る地下通路を2回くらい往復した。中村屋の前を通るとインドカレーの宣伝を行っていた。結局、RB君と会うことができずに一人で昼食となった。中村屋に戻って一人でインドカレーを食べた。インドドライカレー1600円だった。美味であった。しかし、ほろ苦い味だった。食事の後で同じビルの3階に「中村屋サロン美術館」があったので見に行った。
 中村屋の創業者 相馬愛蔵と・黒光夫妻は芸術・文化に深い理解を示した。既にこのブログで、相馬国光さんの自伝「黙移」については触れた。相馬愛蔵・黒光夫妻は、愛蔵と同郷の彫刻家荻原守衛(碌山)や荻原を慕う若き芸術家を支援した。中村屋には碌山のほかに、中村つねや鶴田吾郎などの日本人のが画家だけでなく、亡命印度人のボース、盲目のロシアの詩人エロシェンコらが滞在した。相馬愛蔵・黒光夫妻はボースを守るために長女俊子とボースを結婚させた。もちろん俊子の意思を尊重しての結婚であったが俊子はボースのこどもを二人産んで26歳で早世している。中村つねと鶴田吾郎はエロシェンコをモデルにして肖像画を同時に描いた。二人の個性を如実に表現したエロシェンコ像は二つとも後世に残る名作となった。今回サロン美術館には、鶴田吾郎のエロシェンコ像、中村つねの俊子を描いた小女や、荻原守衛の彫刻「女」も展示されていた。守衛(碌山)は、黒光の後ろ盾を得て画家から彫刻家になったのだが、一方、黒光への愛に懊悩したしたことが傑作「女」に具現されているのだという。

 偶然とはいえ本日は、「中村屋サロン美術館」観賞を楽しんだ。おまけに、宇佐美承さんが、「新宿中村屋 相馬黒光」という本を書いていることも知った。この本も読んでみたい。今日はRB君に会えなかったが、「「中村屋サロン」を知って有意義だった。新宿西口もコロナウイルス禍のためか人が少なかった。