TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

「糖尿病と一緒に生きる」ために役立つ本を読んだ

「糖尿病」を持っているから私は長生きするかもしれない。以前は「C型ウイルス肝炎」を持っていたので健康を維持してきたのかもしれない。新型コロナウイルスが出現したから人類は謙虚に生きることを学び始めたのかもしれない。

 『病を引き受けられない人々のケア』(石井均)を読み進めていて、「第十話 先生、きょう、その薬は結構です」まできた。最終章である。皆藤 章さん(京都大学教育学部教授・臨床心理学)との対談である。

 皆藤さんは、最初は工学部に入って、2年遅れて教育学部に転部した。その理由がユニークである。大学に入って、家庭教師のアルバイト先で、家庭内暴力の少年とだ出会い、「科学ではなかなか割り切れない世界があることに気がついた」からであるという。あるとき、家庭教師さ先で、教え子の少年が母親に目の前で暴力を振るった。止めさせようとしたら、「先生、止めないでくださ。私がわるいんですから」と言われた。皆藤さんには理解ができない。「科学をどれほど学んでも、この親子のことを理解することはできない」と思い、科学に対する興味がなくなってしまったのだという。
 曲折を経て教育学部に転じた皆藤さんは、偶然に河合隼雄先生の臨床心理の講義に出た。
 <黒板に、“臨床”とと書いて、「床(とこ)に臨むと書いて『りんしょう』と読むこのこの言葉の床は、死の床を意味する。ですから、臨床のもともとの意味は、死にゆく人の傍らに臨んで、そのひとの魂のお世話をすることです」と言うのです。>

 かくして、皆藤さんは河合さんのもとで臨床心理の専門家となっていく。こういう経緯があったのかと思った。石井さんが、この対談集の最後に皆藤さんとの対談を持ってきた理由がわかっった。皆藤さんは臨床心理の立場から糖尿病の臨床にかかわっていく。皆藤さんは言う。
 <「糖尿病の診療に携わる医療者たちは、そういう意味では糖尿病を抱えて生きている患者さんの苦しみ、辛さという体験をどれくらい引き受けているだろうか」ということに思いを馳せることがあるんですよね。>
 これに対して石井さんは次のように言う。
 <そこですね。患者さんは糖尿病に一生付き合っていく。一生療養を続ける、診察に来られる。その間、私たちはどんな役割を果たしているのだろうと考え続けていいます。苦しさはや辛さの語りを受けとめていくことも、役割のひとつだろうと思います。>

 この対談は、2013年6月19日に、京都で収録している。そして翌年、2014年秋には「糖尿病医療学研究会」を、石井さんは立ち上げた。河合隼雄さんは、2007年7月19日に急逝されている。この本の第一話で紹介した、石井さんが河合さんと対談したのは2004年10月17日であった。この折に河合さんが「糖尿病医療学」の立ち上げを推奨している。実に10年の歳月を経て石井さんは、河合さんとの対談で心に蒔いた種を実らせたのであった。そして石井さんのこの対談シリーズを掲載した媒体となった雑誌「糖尿診療マスター」の創刊は2003年であるから実にタイムリーな契機であった。

 以上の偶然に驚く。「糖尿病臨床の雑誌を作りたいので企画にのって頂きたい」と都内で開かれた、たしか製薬会社「イーライリリーとかいう米国の会社だったか?」の研究会の会場で石井さんにアプローチしたのを覚えている。そのとき既に私は糖尿病を持っていた。そしていまも糖尿病と共に生きている。この奇異なる偶然に驚きかつ新鮮な希望のような者も感じている。