「Osler医学の道は臨床疫学に通ず―日本臨床疫学学会第4回年次学術大会の話題から」という記事が、最近届いた医学界新聞(第3447号、11月29日)に載っていた。日本臨床疫学学会代表理事としての福原俊一先生の顔写真も載っていた。福原さんには、何回もお目にかかってお世話になった。1970年代に、わが国の医療に綜合内科を導入するに際して、国立病院に勤務する若手内科医を米国のハーバード大学にプライマリ・ケア研修のために派遣した(第一期生)複数(多分、5名くらいか)の医師の一人が福原さんだ。そのあと、福原さんには医学書院発行の雑誌「メディチーナ」の編集委員としてお世話になった。2011年に私が退職した折に、北大の同窓生であることを初めてお伝えしたところ、伊豆高原の研修施設における、たしか腎臓関係の医師の研修会の取材に招かれて1泊どまりで参加したことがある。福原さんは優れた組織構築者でもあった。上記の記事で紹介された「日本臨床疫学学会」の立ち上げに尽力された初代の理事長でもあった。
臨床疫学とは、臨床医学に関する諸問題を疫学的手法により解決しようとする科学である。すなわち、臨床医の意思決定と人間集団を対象とした定量的疫学研究を統合する方法論で、evidence-based medicine(EBM)の根幹をなす方法論である。臨床疫学という多分、米国から発症した新しい概念を、逸早く日本に紹介したのも日野原重明先生(聖路加国際病院)であった。1980年年代に、米国の臨床疫学の専門家Fletcher夫妻が来日されたおりに、医学界新聞で「臨床疫学とは何か」のテーマで座談会を行い収録し掲載た。バックナンバーで調べられると思うのだが、今は資料がない。『臨床疫学:EBM実践のための必須知識』(ロバート・H. フレッチャー、スーザン・W.フレッチャー、エドワード・H. ワグナー著)が、福井次矢さんの翻訳で出ている。
さて、件の取材記事は、記者のまとめたものだ。最近の医学界新聞は、取材記事が」余り多くはない。今回の記事は興味を引いたので、以下に引用して行く。
<日本臨床疫学学会第4回年次学術集会(大会長=福島医大 濱口杉大)が、10月30~31日、「原点回帰―患者に始まり、患者に還る」をテーマにWeb形式で開催された。基調講演「臨床疫学の起源と進化:先人に学び、未来に繋ぐ」で、三人の演が近代医学の礎くぉ築いたWilliams Osler(1849 ~1919)やその承継者の足跡を辿りながら、臨床疫学に取り組む医療従事者に向けた期待を語った。>
以上のように、この取材記事には書かれている。福原さんは次のように話したようだ。
<近代医学の源流には実証主義的に真理を追究するドイツ医学と、患者観察と推論を重視するスコットランド医学があり、Oslerが2つの流れを形成したと説明した。その潮流は、Oslerから後進に伝承され、現代まで脈々と受け継がれている。Oslerの継承者として、診断や治療行為を科学的に評価する重要性を唱えたAlvan Feinstein(1925~2001)や、医療の質研究を推進したKerr White(1917~2014)らの業績を紹介。Oslerを継承した先人が現在の臨床疫学の土台を作った。臨床疫学は、Osler医学の自然の帰結、といえるとの見解を示した。>
2,017年7月に日野原重明さんが亡くなってから、早くも4年が経過しようとしている。Osler医学の後継者として、福原さんが名乗りを上げたと捉えた。