TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

私の「医人」たちの肖像―(154)鎮目恭夫さんと「ひろいよみ『ガザニガ:社会的脳―心のネットワークの発見』のこと」

154)私の「医人」たちの肖像― 鎮目恭夫さんと「ひろいよみ『ガザニガ:社会的脳―心のネットワークの発見』のこと」

鎮目恭夫さんとは面識がなかった。鎮目さんは、科学評論家で『性科学論』の著者で知られていた。『女に育児はまかせられない』(実日新書)というユニークな本を書かれていた。この本は、離婚して、八年間男手一つで二人の幼児を育てた体験、暫くして二人の幼児を連れた女性と再婚して、お互いの人生観・思想・子育て観の相違から再び別れるまでの痛烈な日々の中で得た教訓をもとに、「男と女」「親と子」の問題を赤裸々に綴った本だ。多分、タイトルに魅かれて古本屋で買ったのだが、読まずにいたらながいあいだ本棚から私を睨んでいた。今回、この本を通読すると重い内容だ。
 さて、冒頭にも記したように、お会いしたこともない、未だ読んだことない『性科学論』の著者の鎮目恭夫さんを、シリーズ「私の「『医人』たちの肖像」に取り上げるのは気がひけるが敢えてそうする。お兄さんの鎮目和夫さん(東京女子医大名誉教授・内分泌内科)には数回お目にかったというのに・・・。
■1988年3月31日(火)、鎮目さんからの手紙
 当時、私が従事していた、I書院の週刊医学界新聞では、1987年9月11日に、東京・上智大学で開かれた日本神経心理学会における特別講演に来日したガザニガ(Michael S. Gazzaniga)教授と杉下守弘さんの対談を企画した。その収録インタビュー(対談)を、医学界新聞第1783号(1988年2月1日付)で、「脳研究の新局面―右半球に言語脳があるか」のタイトルで掲載した。すると、鎮目恭夫さんから思いもかけず手紙が届いた。それにはこう書かれてあった。
 「いつも新聞お贈り下されありがとうございます。時々眺めて便利しております。二月一日号にのった杉下さんとガザニガの対談をみて『社会的脳』を読んでみたら(人類学や物理学についておかしな所も少しあるが)大変すぐれた本でした。しかし、肝腎の個所の訳がひどく悪い。訳本だけ読んだのでは著者の説の基本をつかむのが困難です。私の要約を載せた小文をご参考にお目にかけます。」

「Dental Diamond」という雑誌1988年4月号の「ひろいよみ」というコーナーに鎮目さんが書いた『社会的脳』の書評のコピーを送って下さったのだった。何とこの書評(コピー)が件の本に挟まれており、本日、再読した。面白くて理解しやすい記述だ。記憶と記録のために採録しておきたい。

「群盲、象をなでる、という諺がある。象の鼻をなでた人、足をなでた人、尻尾をなでた人、等々がそれぞれ象とはこんな形のものだと報告する。皆で会議をすれば、象の形について、まあ大凡正しい結論が得られる。一個の人間の脳は、いわば群盲の一人一人に相当するような互いに別個の回路の集まりからなっているが、それだけでなく、いわば会議の議長のような役割をする回路をもっている。この回路は、左脳(大脳の左半球)にあり、言語活動回路とからみあってはいるが、それとは別個の回路である。大脳の左右両半球(略して左脳と右脳)の分業は、既に世間の科学常識になっている。左脳は言語活動や論理的推理や時間的認識を担当し、右脳は空間的、図形的および音楽的な活動を担当しているとのが通説である。この発見で1981年のノーベル生理学医学賞をもらったスペリーの共同研究者ガザニガは、その後、スペリーとは異なる方向に研究を進めた。本書によれば、左脳も右脳も、それぞれいくつもの互いにかなり独立した回路を含む。例えば、右脳の中の図形を扱う回路と音を扱う回路とは別個である。これらの多数の回路は、それぞれ独自の種類の知覚と、その知覚に対応する反射的な反応や行動とを担当する。しかもいずれの回路も、大脳の下方の一本の脳幹の中の感情回路と交信する。
 こんな仕組みだから、一個の人間は同時にいくつもの知覚と感情を抱く。左脳にある「議長回路」は、会議での様ざま報告と討議(もちろん大抵は言語によらない)から全体として何とか辻褄の合う状況判断と行動計画をまとめる。このプロセスが、人間の頭に、自己の自由意思による行動の選択という観念を生じさせる。行動計画は、その結果感情回路に生じると予測される快楽を最大にし、不快不安を最小にするような目標に向かって策定される。この目標は、当人が信じる動的世界像(世界が従う法則)と、当人が何をより大きな快楽と感じるかを支配する当人の信じる倫理的、宗教的な価値体系とによって左右される。人間の脳はそういう“信じる”働きを持ち、信じる内容が経験学習によって変化してゆく。
 以上は、訳書をざっと読み、理解しかねる個所のうち重要な個所だけを原書で拾い読みしてつかんだ本書の基本的内容である。」
 流石に科学評論で翻訳も手掛けていた鎮目さんの要約はわかりやすい。「肝腎の個所の訳がひどく悪い」と歯に衣着せず述べているが、翻訳者は関啓子さんと杉下守弘さんのお二人である。関啓子さんは、国際キリスト教大学でF.C.パン教授の神経言語学講座で「失語症」を知り、国立障害者リハビリテーションセンター学院で学び、言語聴覚士なられた方だ。1982年から暫くは東京都神経科学総合研究所におられた。その後、半側空間無視の研究を専門としていた関さんは、2009年に、心原性脳塞栓症から高次脳機能障害者となった。自ら障害者となられた関さんは壮烈なリハビリテーション期間を経て奇跡的ともいえる現職復帰を果たされた。この自らの体験に基づいた講演を、小脳出血の後遺症に苦しんでいた妻と一緒に拝聴する機会を稲城市の福祉センター会館で持った。2016年の夏のことだった。関さんとは不思議な縁があったのである。
 本日は、古い資料に触れて古い本を紐解いた。内容は古くはない。
(2022.2.22)

(私の「医人」たちの肖像―(154)鎮目恭夫さんと「ひろいよみ『ガザニガ:社会的脳―心のネットワークの発見』のこと」)