TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

「ぼけ「痴呆」と「認知症」のこと―大友さんの本を読んで考えたこと

 大友英一さん(元浴風会病院長)書かれた本を3冊借りてきた。大友さんは、聖マリアンナ医大の長谷川和夫さんと並んで同時代の 老人の呆けの臨床の 草分の方だと思う。そこで、大友さんのことが気になっていた。本日、稲城図書館にリクエストして大友さんの書かれた3冊の本を借りてきた。
(1)『ぼけになりやすい人なりにくい人』 (栄光出版社) 1999年(平成11年4月)
 (2)『ボケない生活ーアルツハイマー病も生活習慣病だった』 (祥伝社) 2004年(平成16年12月)
 (3)ボケとアルツハイマー病ー生活週刊病だから予防出来る (平凡社新書) 2006年(平成18年11月)

 実は、大友先生の本を三冊も借りてきたのには理由がある。それは上記の3冊の本のタイトルにはどれも「認知症」という言葉を使っいないことに注目したからだ。「老人の呆け」は英語では〈Senile Dementia〉であり、文字通り「老人の呆け」である。名は体を表すの謂通りで、「老人のぼけ、ボケ、惚、呆け」でなんらの問題はなかったはずでる。ところが、2004年(平成16年)12月24付で、厚生労働省が、一般的な呼称や行政用語として「痴呆」に変わり「認知症」という用語を使うことに決めた。「痴呆」という言葉が、侮蔑的な表現であり、かつ「痴呆」の実態を正確に現していないというのがその理由だった。この名称変更には、医学・医療の専門家でない一介の医学記者の私でも違和感を持ったのを覚えている。「ちょっと呆け気味でね」とかの言い方は比較的柔らかいが、「認知症」というと、ガチっとした病気の宣告を感じる。
 ということで、大友さんの上掲の三冊の本の発行年を見ると、(1)は未だ「ぼけ」が使われていた時代だ。(2)と(3)は「認知症」に名称変更がなされてから出ている。にもかかわらず、大友さんは「認知症」の用語をタイトルに使っていない。ということは、大友さんは「認知症」という言葉を推奨していないのだろうと推測した。果たせるかな、(3)の本の「はじめに」で大友さんがこう述べていた。引用しておきたい。
〈さて、最近、「痴呆」という言葉が「認知症」という言葉に言い換えられるようになりましたが、これは医師や研究者などの専門家の意見を聞いて無視した行政書士主導によるものであり、筆者ははなはだ遺憾に思います。聞くとこによれば中部地方の一部の患者家族が申し出て、一部の医師が厚生労働省に働きかけたことがきっかであるといいます。しかし本来、このような病名変更は、老年精神医学会などを初めとする多くの専門家の意見によって行うべきでしょう。老年精神医学会では当分、従来の「痴呆」という言葉を使用することになっています。
 この病名変更については、「痴呆」という「言葉に軽蔑や侮蔑の意味があることが理由であると漏れ聞いていますが、筆者はこれに違和感を覚えずにはいられません。痴呆の症状を蔑んで見たり、軽蔑した心で見るkと自体が間違いなのであり、そうした偏見を改めることなく病名だけを言い換えても、そこにどれほどの意味があるのでしょうか。多くの患者とその家族が病気を受け入れ、日々を懸命に生きている姿を間近に見てきた筆者は、病名変更という表面的な配慮ではなく、そうした人々に対する理解、優しい心、節度ある接し方こそ大切であると考えます。
 さらに、痴呆の症状は認知のみではなく、認知したことを忘れてしまう健忘こそが主な症状であること、さらに認知や健忘のほかに行動などの異常もみられることからも、認知障害だけに焦点を当てた新しい病名は、十分にこの病気を表現するものではありません。
 以上のような理由から、筆者は「認知症」という表現に疑問を有しており、そのため本書では「痴呆」という言葉を使用していることを、ここに記しておきます。>

 「認知症」とうkとばに対する大友さんの見解がよくわかるので敢えて長い引用をしておいた。大友さのこの本が出版されたのは2006年11月であるから、名称変更の2年後のことだ。爾来、16年が経過した2022年の現在、「認知症」という言葉はすっかり一般に定着した感がある。だが、いまもってその違和感はある。

 さて、肝腎のこの本を全部は読んではいない。目次建ては以下のようだ。
第一章 アルツハイマー病が増えている
第二章 アルツハイマー病とは
第三章 アルツハイマー病の診断と治療
第四章 アルツハイマー病以外の痴呆症
第五章 アルツハイマー病の原因となる血管病
第六章 どいう脈効果を防ぐ
第七章 アルツハイマー病と食生活
第八章 脳の老化を防ぐ
第九章 ぼけやすい人・ぼけにくい人
おわりに 足を鍛え、自分の足で歩く、「生涯現役」の意識をもとう

 全部は読んでいないのだが、第九章をまとめておきたい。
どんな人がぼけやすいか
(1)真面目で几帳面な人-私の家内ではないか
(2)ものぐさな人ー私ではないか
(3)無気力な人ー家内も私も違う
(4)家族との会話が少ない人ー私がそうだ
(5)単調な生活をしているひとー私がそうだ
ボケになりにくい人■
(1)社交的で考え方が柔軟であり朗らかで明るい人ー駄目だな
(2)積極的で、好奇心と意欲のある人―家内がそうだ
(3)ファッションに興味を持ち、身だしなみやおしゃれに気を使う人ー家内は合格、私は失格

(4)おしゃべり上手で、友だち付き合いの多い人ー家内は合格、私は失格
(5)異性への関心を失わない人ー私は合格

上記の解説を読むと、当てはまる点もくぁるが、まあ積極的に身体を動かし、本を読んで過ごすのがすきだから、まあ、大丈夫かな?

老化による物忘れと痴呆による物忘れ■
基本的なことは、物忘れを自覚している(病識がある)のは、自然老化によるもの忘れ。物忘れについて自覚がない(病識がない)のが、痴呆の物忘れ。
 以上が、基本てきな判断くべつのようだ。最近、物を落としたり、しまい忘れたりすることが多い。ただ、その忘れた自覚はある。先日、クレジットカードを落としたことに気が付かなかった。何時も入れておく引き出しに無いのに3日後くらいに気が付いた。最後に使用した日時を思い出そうとしたら、思い出せなかった。落としたらしと気が付いたので、カード会社に連絡した。その時に、最後に引き落とされた日時を尋ねた。その結果、最後に使用した場所が特定できた。そのお店に行って尋ねたら、保管してくれていた。この折の、物忘れ(落とし物)には自覚があった。まだ、自然老化かもしれない。それにしても、落とし物、電気の消し忘れ等の失敗が多すぎる。
生涯現役の気概を持つ
 大友さんは、「アルツハイマー病が生活習慣病であうことが解明され、しかも若年性アルツハイマー病が増加の一途をたどっている今こそ、年代を超えて多くの現代人が意識改革を行い、食生活化生活態度、考え方に至るまで軌道修正してもらいたいと思います」と最後にのべている。正鵠をついている。
 生涯現役で活躍しているひとに、「深酒をする人は1人もいない」「なんらかの運動をこころがけている」「ほとんどの人が筆まめである」が大きな特徴であるという。
 やはり、私の注意点は、「深さ酒」だろう。8月と9月に深酒で失敗を2回した。3回目はあってはならない。

 

 

(更新予定)