『家族の深淵』(中井久夫)の後半の文章を読んだ。
「心踊りする文章」を心がけたい
ここのところは、 中井さんが、文章をかくうえでの心構えを心情吐露している。冒頭にこうあった。
<執筆依頼が来ると、私はまず、折口信夫が弟子にかねがね「心躍りのしない文章を書くものではないよ」言っていたことを思いだす。しない時は勇気を奮ってお断りすることにしている。・・・>
中井さんは、精神科医が本業のお仕事だが、翻訳家でもありエッセイストでもい会ったのだと、あたりまえだが気がついた。
執筆過程の生理学
ーー高橋輝次『編集の森へ』に寄せて
ここの文章を読むと、かくという作業は、精神労働であるが同時に肉体労働にも近いものであることがよくわかる。「文学はまさに実学である」のである。編集者と著者の関係についても言及されている。「編集者治療者説」というのがあるんだという。さもありなんという気もする。中井さんが、晩年になって、医学書院から「こんな時わたしはどうしてきたか」「看護のための精神医学」という本を出されたが、これは編集者白石さんが中井さんに書かせたのであろう。やはり、白石さんは「名編集者」であることが分かった気がした。中井さんは、星和書店の書き手でそれまではあったのだろう。こんあことも書いていた。
<私はなるべく少数の出版社から本を出すようにしようとする方針である。そえは、早い時期に、欧米の著者はたいてい一社を守ることを知ったからである。・・・>
いずれにせよ、この章は中井さんの文章のかいかたの本質を開陳している。わかいときから苦労して自分の文体をつくってきたのだと知った。翻訳においては、文体を使い分けているというのには驚いた。
<サリヴァンの最初の訳は文体を決めるのに二年かかった。>
この記述には驚いた。『精神医学的面接』『精神医学は対人関係論である』『分裂病は人間的過程である』というサリヴァンの三冊の本を中井さんが翻訳している。どれが一番最初なんだろうか?読んでみたい。
ところで、中井久夫さんの再評価がなされているようである。先日(2023年3月25日)朝日新聞に星和書店の雑誌「精神科治療学」が「中井久夫の臨床と理論」という特集(第38巻3号)号を発行した広告が出ていた。記憶と記録のために紹介しておく。
<統合失調症の寛解過程理論や風景構成法等、わが国の精神医学・医療に残した業績は計り知れない。さらに現代ギリシャ詩の翻訳も手掛けるなど、日本を代表する「知の巨人」の一人。本特集は、中井久夫氏と関わりのあった方々が、それぞれの角度から中井久夫氏像を描出。そこから浮かび上がる中井久夫氏の臨床姿勢に新たな学びを得られる特集。>