TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

私の「医人」たちの肖像―(18)長谷川和夫さん①と座談会「痴呆の基礎と臨床」~1982年10月

(18) 長谷川和夫さん①と座談会「痴呆の基礎と臨床」 ~1982年10月

 

長谷川和夫さんには1982年の秋ころに、初めてお目にかかった。そのころ私が従事していた「週刊医学界新聞」で1983年新年号企画の一つとして、「痴呆の基礎と臨床」という座談会(石井 毅・亀山正邦・長谷川和夫)を収録した。先輩記者のSH君の企画で、私は新鮮な気持ちで収録に参加した。

■座談会「痴呆の基礎と臨床■
●1982年10月:

神経病理分野から石井 毅先生(東京都精神医学研究所)、神経内科分野から亀山正邦先生(京都大学医学部・神経内科)、老年精神医学分野から長谷川和夫先生(聖マリアンナ医大・精神科)という陣容だった。テーマにはそのものずばりで「痴呆」と明示している。『老人のぼけの臨床』というタイトルの本も出版されていた。「ぼけ」や「痴呆」が差別的な響きがありよろしくないと、「認知症」という呼称に変わったのは、二十数年後2004年のことだ。認知症は英語で「Senile Dementia」だから、文字通りなら「老年痴呆」に違いないのだが・・・。

■長谷川式簡易知能評価スケール■

長谷川さんは、既に認知症診療の先駆者だった。認知症を鑑別するための「長谷川式簡易知能評価スケール」を、昭和49年(1974)に開発して一般臨床に使われていた。私の母が体調を崩して、その頃、検査入院したことがあった。見舞いに行くと、「先生がへんなことを聞くんだよ!」と私に訴えた。
  長谷川式スケールには、「お歳はいくつですか?」とか、「知っている野菜の名前をできるだけ多く言ってください」とか、聞かれたほうが、馬鹿にされていると受け取りかねない質問項目がある。長谷川式スケールの評価を、母は受けたのであろう。

認知症の第一人者が認知症になる■
●2018年9月23日:

認知症医療の第一人者が認知症に・・・長谷川和夫医師〈明るい気持ちで生きていく〉・・・」という新聞報道を、最近目にした。長谷川さん(89歳)が、自らが認知症になったことを公表したのだ。
  「自分が認知症になってどう感じましたか」というインタビュアからの質問に対して、川崎さんが次のようにこたえている。
  「認知症になった自分とそうじゃなかった自分には、そんなに大きな差がない。連続性があるという感じがするんだ。だから、認知症じゃない人が認知症の人に接するときは、自分と同じ人だと思って接したほうがいいと思う。目線を同じ高さに、ということ。・・・・」。
  「長谷川式認知症スケール」の用い方についても次のように言っている。
 「(これは)医師の診断レベルを統一するためだからね。人をばかにしたような失礼な質問だと自覚して、お願いするというスタンスでやらないといけない。・・・・」
  人口の高齢化が進むなかで、7年後の2025年には高齢者の5人に1人が発症して700万人が認知症になると予測されている。われら団塊の世代が挙って80歳になろうとする年である。
  長谷川さんが、今回、自らの認知症を公表して、「連続性があるという感じがするんだ」と言ってくれたことは心強い。われら団塊の世代は「認知症―みんなで越えればこわくない!」式に考えて明るく対処したらいいのではないだろうか?!
(2018.9.23)
(私の「医人」たちの肖像― 〔18〕 長谷川和夫さん①と座談会「痴呆の基礎と臨床」 ~1982年10月)