TomyDaddyのブログ

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私の「医人」たちの肖像―(67) 石井裕正さんと座談会「アルコール医療の新展開」 ~1987年11月19日(木)

(67)石井裕正さんと座談会「アルコール医療の新展開」 ~1987年11月19日(木)

 

   1987年11月19日(木)。午前中は大手町パレスホテルで、高松宮妃癌研究基金シンポジウムの記者会見に参加した。夕刻の18時から、座談会「アルコール医療」の収録を、東京・新宿のステーションビル2階レストラン「プチモンド」会議室で行った。1988年の新年号特集の一つとしての企画だった。
座談会「アルコール医療の新展開」
●1987年11月19日(木):
 座談会「アルコール医療」の出席者は、石井裕正(慶應義塾大学・内科)、小杉隆弘(大阪小杉クリニック・精神科)、斎藤 學(東京都精神医学研究所・精神科)の三人であった。
 石井裕正さんが、『アルコール内科学』という単行本を、私の勤務先である医学書院から発行していた。その伝手から、石井さんに最初に企画相談をした。アルコール摂取が度を過ぎるとアルコール中毒(アル中)になる場合がある。「アル中」になると内科そして精神科医療の対象領域になる。精神科の斉藤 學先生を訪問して企画を詰めた。アルコール医療となると地域で医療に携わっている医師に入って頂く必要があるとの意見を頂いた。そこで、大阪にある小杉クリニックの小杉隆弘さんに参加の打診をして快諾を得た。
酒は人類の文化の所産だが・・・
 座談会の冒頭で、司会の石井さんが次のように述べていた。
 「酒は人類の誕生と共に在り、その国の文化から産まれる所産であるということは疑いのないことであって、いい酒を持っている国には良い文化があるということとも直結しているわけです。・・・・しかし、一方現状認識として比較的最近、わが国におけるアルコール依存症、あるいは問題飲酒者が増加しているといういろいろな統計がだされております。特に大量飲酒家の中には、多くの多臓器障害を有して内科医にみてもっている患者もいるでしょうし、精神科を受診している人もいると思います。」
 座談会は、以下のような8本の柱に沿ってまとめた。
(1)アルコール医療の現場では―増加する背広を着たネクタイ・アル中、
(2)アルコール専門外来の経験から―入院から外来(地域)へ、
(3)アルコール医療における保健所の活動―医療の狭間を救うもの、
(4)内科医のアルコール医療への認識が必要、
(5)大切な医学教育におけるアルコール医療体制、
(6)職場のアルコール問題をどうとらえるか―成人保健の一つとしての対処を、
(7)これからのアルコール医療、
(8)絶対に飲んではいけないグループもある―妊婦・子ども・アル中。
■アルコール医学会を取材■
●1987年9月29日(火):
 
座談会の収録に先んじて、第22回日本アルコール医学会が、1987年9月29日(火)~10月1日(木)まで、富山市で開催された。この学会のシンポジウムの一つに、「アルコール依存症の治療―精神科医の立場から」がとり上げられていた。このシンポジウムを取材して、座談会掲載号の補足記事として紹介した。
 シンポジストの一人の柴田洋子さん(東邦大)が、教授・医師・学生を対象としたアルコール症に関するユニークなアンケート結果から報告した。この中では「アルコール症」に対して大学の医学教育における対応の貧しさを示していた。
■家族の病としての「アル中」
 特集号には、空きスペースを作って、「酒場のラスコールニコフとマルメラードフ(エクセーエフ画)」の写真を載せて、以下のような文章を、蛇足は承知で書き添えた。
 「ロシアの作家ドストエフスキーの長編『罪と罰』には19世紀末のロシアのアル中の典型とも思われる酔漢マルメラードフが登場する。その人物像には(もとよりアルコールだけが原因でないとしても)アルコール中毒が、妻、子をまきこんだ“家族の病”であることがよく示されている。病気の妻、そして娼婦に身を落とした娘ソーニャを引きずったマルメラードフは、酒場で偶然にあった元学生ラスコールニコフを相手に繰り言を言う。「貧乏は罪ならず、・・・・しかしですなあ、あんた、赤貧となると、これは罪でございますよ。こうやって酒を飲むのはですなあ、酒の中に同情や思いやりを探し求めるためなんですよ。・・・・楽しみを求めてのことじゃない、ただ、悲しみをもとめているんですよ・・・。」
 「アルコール医療の新展開」のタイトルで、医学界新聞・第1782号(1988年1月25日付)に座談会を掲載した。
 この時から30余年が経過したが、アルコール医療はどのように変わったのだろうか?もしかしたら、アルコール大量摂取に起因する様々な病態に対する医療現場の状況は余り変わってないのかもしれない。


 付記石井裕正さんは、座談会開催当時(1987年)には、慶應義塾大学内科・助教授(土屋雅春教授)であった。1994(平成6)年4月に教授(消化器内科)となり、2004(平成16)年3月に定年退職。『アルコール内科学 臓器障害と代謝異常の臨床(昭和56年)』、『医者がすすめる酒とつきあう50章(昭和64年)』、等々の著書がある。石井さんは、昭和13(1938)年の愛知県生まれ。2010(平成22)年に心筋梗塞で急逝された。アルコール医学研究の先駆者である石井さんの余りの早世に驚きを禁じ得なかった。
(2019.3.30)  


(私の「医人」たちの肖像―〔67〕石井裕正さんと座談会「アルコール医療の新展開」~1987年11月19日)