TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

私の「医人」たちの肖像―(77)樋野興夫さん②と「ヒト癌化機構に迫る」 ~1989年12月11日(月)

(77)樋野興夫さん①と「ヒト癌化機構に迫る」~1989年12月11日(月)

 

   東京・池袋の癌研究会癌研究所に所属されていた樋野興夫さんは米国(Fox Chase Cancer Center)へ留学されたばかりだった。今から30年前のことであるから樋野さんも30歳台であろう。留学に伴い日本からの情報源として、週刊医学界新聞を米国に送る約束をした。その代り、「米国医学研究のレポート」の執筆を依頼した。
米国の癌研究最前線:癌遺伝子からがん抑制遺伝子へ~ヒト癌化機構に迫る-Enemies within (原罪)■
●1989年12月11日(月):
 1989年12月11日(月)。樋野興夫先生(米国)から、午前便で「原稿入手」のメモ書きが手帳にあり。かくして、最初に頂戴したのが、以下の原稿であった。
 「米国の癌研究最前線:癌遺伝子からがん抑制遺伝子へ~ヒト癌化機構に迫る-Enemies within (原罪)」というテーマの原稿が樋野さんから届いた。
「プロトオンコジン研究」の業績で、Varmus 、Bishop(UCSF)両者に、1989年10月、ノーベル生理学・医学賞が決まったばかりだった。入手した原稿は、タイムリーな解説論文(記事)であった。既に触れた畑中正一さんへのインタビュー「癌遺伝子研究の現在」と同じ医学界新聞・第1878号(1990年1月8日付)に、上記の解説論文を掲載した。
 樋野さんは読書家で、科学論文以外にも文章を書くのが苦にならない方だった。これを契機として、その後もフォーゲルシュタイン(Bert Vogelstein)による大腸がんにおける「P53遺伝子異常」の研究についての解説、あるいは樋野さんの米国での恩師クヌドソン(Alfred George Knudson)博士が来日した折には、師弟対談を樋野さんにお願いした。
 樋野興夫さんは、現在は順大堂大学医学部教授として、ご専門の病理だけでなく、ユニークな『がん哲学外来』を主催している。編集者として稀有で幸いな出会いであった。
(2019.5.1)

(私の「医人」たちの肖像―〔77〕樋野興夫さん①と「癌遺伝子からがん抑制遺伝子へ―ヒト癌化機構に迫る」~1989年12月11日)