ロシアのウクライナへの侵攻が止まらない。ロシアはどうするのだ。プーチンよ何を考えているのだ。
<大江健三郎の文学の根幹にあるのは、「核への恐怖だ」とフランス文学者の工藤庸子さんが言う。>
『大江健三郎と晩年の仕事』(講談社)のなかで、工藤さんはそういうことをい言っているらしい。読んでみたい。
ともあれ、ロシアのウクライナ侵攻で、一進一退状況の中で、沢山の一般人民が苦しみ亡くなっている。その根底で世界中が固唾をのんでみているのは、「核への恐怖」なのだ。一歩まちがえば、世界は滅びる。そいう状況のなかで、ロシア文学も旗色が頗るわるい。
いま、トルストイの『復活は』を呑気に読むのは如何か? 読んでみると、この120年前の貴族で地主のお坊ちゃんたる一方の主人公ネフリュードフの言動がいじらしい程に心に響いてくる。
10年前の若き日—20代に末だろうかーネフリュードフは、召使の少女マースロワに恋してーというより若いはち切れんばかりの娘に惹かれ我がものにしてしまった。そして、たかだか10万くらいのお金を渡して捨ててしまった。よくある話だ。それが、10年の歳月を経て、しっぺ返しとなってネフリュードフに降りかかってくる。読んでいると、極めて現代的ですらある。読み進めていくなかで、諸々のことを感じ、感想を書いていきたい。
(今日は、ここまで)