TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

『男子の本懐』(城山三郎、新潮社、2002年)を借りて来たぞ ~『アナキズム』(栗原康)がメッチャ面白い

 本日は午前中から家の中の要らない食器に加えて50年前ソ連に行ったときにモスクワで買ってきたバラライカをトレジャーファクトリー(宝島工場だね)に売りに行った。そのついでに稲城図書館に本を返しにいったら『男子の本懐』(城山三郎、新潮社、2002年)が返却棚にあった。「男子の本懐」は言葉のみを知っているのだが、この本は読んだことがなかった。誰が主人公かなと思ってパラパラとめくっていたら、なんと濱口雄幸を描いた本ではないか。つい先日「傑出人の脳研究」で濱口雄幸の脳が保存されているのを知ったばかりだった。これは何かの縁であろうと借りてきた。
 『アナキズム』(栗原康)を読み始めるとこれがメッチャ面白い。文体が伝染してしまう。「メッチャ」なんて言葉は私は普通は使わない。

 <「ビラまいたら、クソしてねやがれ」「エコ、エコってうるせんだよ」>
 中見出しから、こういう語り口なんだから参ってしまう。栗原さんは早稲田の大学院まで行って論文まで書いて実は定職に(つまりどこかの大学の講師の口)つきたいと思っていたんだろう。だいたい今は理系の医学部、理学部の基礎研究者は定職が簡単には得られないのだ。ましてや文化系となるとなおさら難しい。栗原さんは37歳まで親に家にいて(ニートってのかな)専ら本を読んで書いていたもんだ。今は超一流の思想家の内田樹さんだって神戸女子大講師の口にあり着くまでたぶん定職がなかったと何処かで書いていたと思う。

 栗原さんの本の「第1章 自然とは暴動である」から惹かれた部分を引用する。

 <でも、ふとわれにかえったら、まったく逆のことをおもっていた。どうせ人は死ぬのである、だたらいま死ぬつもりで生きなきゃダメじゃないか、未来のためにいまを犠牲にするのはもうやめよう、全身全霊で大失敗だ、いくぜってね。じっさい、序章でもいったけど、それまでおいらは若干だけど、大学で定職につく努力はしていてね。いまみたいなヘンチクリンな文章かいちゃいなかったんだ。いまはガマンだって思いながら、自分のおもいはおさえて、客観的にみえる文章をかいた。だけど、そんな努力はヒョイと捨てちまったよ。・・・そしたら結果、日々無職。あっ、いま週一日だけ、はたらいているんだけどね。はたらかないで、たらふく食べたい。>

 すべからくこういう文体の文章なんだが、なんだか読んでいると元気がでてくる書きっぷりだ。これなら栗原さんの『アナーキズム』は最後までよめるような気がしてきた。このあいだ映画でみて大杉栄伊藤野枝もどうも好きくないのだが栗原さんの本はよさそうだ。

 最後に今日見つけた気になる本を書いておく。

(1)『老いの深み―生きてみなければ始まらない』(黒井千次中央公論新社、924円)

 黒井千次さんが生きていたなんて知らなかった。しかも老いについてのエッセイを20年も前から書いていたんだ。黒井さんの小説は読んでいた。
「自身に起きる変化と向き合い、現代の老いの姿や、その中にあるものを丹念に描き続けて二十年、九十代の大台へと足を踏み入れた作家に見えてきた風景。」
 ということが書いてあるらし。

(2)『認知症医療革命 新規アルツハイマー病治療薬の実力』(伊東大介、扶桑社、1012円)

 <著者は慶応義塾大学メモリーセンター長というから、医師なんだろうか? 画期的な治療薬「レカネマブ」とは?どんな効果、副作用がある? 治療期間や治療費は?新たな治療の可能性を専門医が徹底解説、なんだって。>

   認知症の薬って無理なんだと私は思う。「認知症を抱えて生きる、認知症と共に生きる」というスタンスの本を誰かに書いてほしい。全てが分からなくなるまえに、そういう見方が欲しいと思う。長谷和夫さんがそう言っていたんだよ、既に。