TomyDaddyのブログ

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私の「医人」たちの肖像―(151)生田房弘先生と雑誌「ミクロスコピア連載」の紀行文「カハ―ㇽ先生のふるさとを訪ねて」のこと

(151)生田房弘先生と雑誌「ミクロスコピア連載」の紀行文「カハ―ㇽ先生のふるさとを訪ねて」のこと

 

  生田房弘先生(新潟脳外科病院ブレーンリサーチセンター)が、昨年5月26日に93歳で永眠されていたことを奥様からの喪中のご挨拶で知った。コロナ禍でもあり、ご家族でひそかにお見送りしたのかもしれない。不覚にも生田さんの訃報情報を見逃していた。本日、古い資料を整理していたら、標題に示した「「カハ―ㇽ先生のふるさとを訪ねて」の別刷がでてきた。懐かしく再読しながら、ここに紹介しておきたい。

  • 2010年4月23日(金)午後15時~17時30分:

  生田房弘先生が、文京区・本郷1丁目の会社に来られて面談した。私の他に、EY,TK、TTの四名で応対した。趣旨は、新潟大学解剖学教授の藤田恒夫先生が主導して、新潟考古堂から発行していた「ミクロスコピア」誌上に生田先生が連載した「カハ―ㇽ先生のふるさとを訪ねて」(1996年連載3回)及び「カハ―ㇽ先生の跡を訪ねて」(2009年、3回連載)を、まとめて本に出来ないかという、本作りの企画相談であった。この日の会議に先立ち、2010年4月2日付けで、「ミクロスコピア」雑誌に掲載された連載コピー及び「別刷」が生田先生から送られてきていた。生田教授がカハ―ㇽの故郷と所縁の研究所を訪ねた折に撮った写真と手書きの街の地図が挿入されている興味深い紀行文であった。これらは貴重な文献ではあるが、単行本に纏めても販売数は見込めないためにお断りしたと記憶している。この折に、「医学書院出版サービス」(別会社)での自費出版の見積書を作成してお渡ししたようだ。見積価格は、A5判・106頁(本文4色刷)・300部で150万弱であった。
 以上の経緯で、上記の「別刷」を一冊の本にすることは適わなかった。生田先生は、連載の最後を次のように結ばれている。
 「恵まれない研究条件、世界に通用しないスペイン語等々の逆境の中で、常に創造力を働かせ、超人的努力を生ある限り続けたカハ―ㇽに、限りない経緯を込めて、脱帽したい。」

カハ―ㇽについては、下記の2冊の本が啓蒙書として既に出版されており読むことができる。
(1)『脳の探求者ラモニ・カハ―ㇽ スペインの輝ける星』(中公新書、1991年)
(2)『脳科学者ラモン・イ・カハル自伝―悪童から探求者へ』(小鹿原健ニ訳、萬年甫解説、里文出版、2009年)
 (1)はいまも私の書棚にある。(2)は図書館で探して読んでみたい。

生田房弘さんの訃報に接して、遅ればせながらご冥福をお祈りする。生田さんもまた、「常に創造力を働かせ、超人的努力を、生ある限り続けた」のだと思う。
(2022.1.19)

(私の「医人」たちの肖像―〔152〕生田房弘先生と雑誌「ミクロスコピア連載」の紀行文「カハ―ㇽ先生のふるさとを訪ねて」のこと)