TomyDaddyのブログ

毎日の健康管理の記録、新聞、雑誌、書籍等の読書について感想を書いていく。

お天道様に恥じる生き方をしたのであろう・・・『おかげさまで生きる』(矢作直樹)を読んでいる

 本日は朝から氷雨が降っていた。低気圧がきているためだろうか?朝から憂鬱で元気がでない。先日来、車を手放すことを決めた。7月22日に手放すのでそれまでに車でできることを完遂することに同伴者と決めた。まずは、本日は午前中から、小平霊園に墓参りをして、その帰りに唐木田で肥料他を買ってくる計画を立てた。しかし、朝からの雨が強くなったので墓参は止めて業務用スーパーで水を購入することにした。ところが更に雨足が強くなりこれも取りやめて若葉台の図書館ほかに行ってきた。

『おかげさまで生きる』(矢作直樹、幻冬舎、1000円、2014年)を返却棚で借りて来て読んだ。矢作さんの「自分を休ませる練習」を返却した代わりとなった。矢作さんの本は『人は死なない』(バジリコ出版)を随分前からリクエストしているが順番がまだ来ない。今回のも10年前に矢作さんが未だ東大教授(救急救命医学教室)のものだ。

 「はじめに」にこういう件があった。
 <私は2011年に出版した拙著『人は死なない』(バジリコ刊)で、母の死後に霊媒薬をしてくれた友人を通じて他界した母と交流した時のことを書きましたが、二人の間でしか知り得な多くの情報のやりとりに驚愕したと同時に、あの世は私たちのいる世界のすぐそばにあるという確信を得ました。>

 東大教授がこんなことを書くのだと驚いた。

 <肉体の死は誰にも等しくやって来ますが、死後の世界はいつも私たちの身近にある別世界であり、再開したい人とも会えます。でもその前にやるべきことがあります。自分の人生を全うすることです。人生を全うするということは、すなわち自分をしるということ。お天道様に恥じない生き方とはどういうことか、生きている間にあれこれ自問自答し、様々な経験を経た後にあの世へと還るのがこの世のルールなのだろう、と私は感じています。>

 矢作さんの書いていることを読んでみると、ついていけないなあと感じる。ただ、「お天道様に恥じない生き方」というのがよくわかる。隠れてこそこそしてもお天道様はみているのである。お天道様が私に医学系の出版社で働く仕事を与え、Y子という妻を与えてくれて栄養管理をしてくれて私を77歳まで生かしてきたのだろうとは思う。ここにきて私におのれが下衆でであることの自覚を促してきた。酒なんかやめて素面で生きるのならもう少し本を読んで書いていく時間を与えようと審判を下したのかもしれない。神はいなくてもお天道様がいる。