TomyDaddyのブログ

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私の「医人」たちの肖像― (6) 江橋節郎さんと「第8回国際薬理学会議」 ~1981年7月19日(日)

(6) 江橋節郎さんと「第8回国際薬理学会議」~1981年7月19日(日)

 第8回国際薬理学会議( Eight International Congress of Pharmacology)が、江橋節郎会長(東大教授・薬理学)の元で、東京・新宿の京王プラザホテルにおいて、1981年7月19日(日)~24日(金)まで開かれた。
■第8回国際薬理学会議■
1981719日(日):
 国際薬理学会議を、先輩記者のSHさんを見習う形で、取材した。これに先だち、国際会議に向けて、医学界新聞・第1432号では、「第8回国際薬理学会議への招待」というタイトルのもと、江橋節郎先生へのインタビュー記事と学会予告を掲載していた。これを受けての本会議の取材であった。
 英語を公用語として行われる医学の国際会議への参加は、初めてのことであり、私には刺激的な体験だった。痛みに関係するエンケファリン、エンドルフィン、炎症に関係するプロスタグランディン( PG)、ロイコトリエン (Leukotriene)、サブスタンスP( Substance P)、また生体機能の動態に重要な役割をはたすカルシウム研究、等々が主要なテーマであった。
 江橋節郎さんといえば、三十歳代で東大医学部・薬理学教授に就任された著名な学者としての認識しか、当時の私にはなかった。比較的に小柄で古めかしい真ん丸い眼鏡を、江橋教授はかけていた。 国際学会における開会式の挨拶の中で、「学会の公用語は英語であるが、それは “Queen's English” や “American English” ではなくて、いま私が喋っている “Japanese English” が国際英語(公用語)である」、とユーモアを込めて江橋さんが、堂々と述べていたのが印象的だった。
サミュエルソンの講演を聞く
 ベンクト・インゲマル・サミュエルソン(Bengt Ingemar Samuelsson)教授が、スウェーデンから会議に参加しており、「ロイコトリエンの生合成」のテーマで講演した。
 「Samuelsson教授は、プロスタグランディン(PG)の仲間を次々と構造決定したことで知られており、次のノーベル賞受賞の呼び声が高い」と、取材記事の中で紹介した。事実、一年後の1982年、Samuelsson教授はノーベル生理学・医学賞を受賞された。
 江橋さんは、1922(大正11)年」生まれ、2006(平成18)年に八三歳で逝去された。この学会以降、残念ながら私は江橋さんと仕事での接触はなかったが、印象に残る私の「医人」たちの一人である。
(2018.10.19)
(私の「医人」たちの肖像―〔6〕江橋節郎さんと「第8回国際薬理学会議」~1981年7月19日